2006年08月13日
15:08
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とりあえず各論ですが、
>ちっぽけじゃないブンガク、ちっぽけじゃないコントは、エンゲキと非常に近接しているはずだ
むう?そうでしょうか。ちょっとそこは、留保したいです。なぜなら演劇は「かならず俳優を通して表現される」ために、たとえば天変地異とか(天変地異に翻弄されるニンゲン、ではなく)を描ききるのには向いてなく、古来の叙事詩が何度か脱皮して現代のマジック・リアリズムにまで到達した「小説」という長い実験に較べると、芝居は圧倒的に不利ではないかと思うんだなあ。僕は「地中海の起源」というタイトルの人間が出てこないドラマを芝居でやれないかともう何年も前から構想中なんですが(空っぽの谷に、切れたジブラルタルの地峡から海水がなだれ込んでくるハナシです)なかなか手強くてまだ書けません。
ファウストの第2部は平気で自然現象とか感情そのものとか(!)あきらかに人間でない(動物や妖怪でもない)ものが平気で出てきて、あからさまに上演不能です。でも上演不能であることをもってファウストなんてだめな台本だという人はいない。なぜか?
それは「ちっぽけなニンゲンのなりわいの積み重ね」ではついに到達できないであろう、発想と決意とのぶっ飛び方が心地よいからだろうと思うんです。交差する、ということが端的に「次の公演」とかで実現できるものだと考えていると(コースケがそこまで短絡してるとは思いませんが)、長距離ジャンプができなくなる恐れがあるのでは。交差ということならば数学の公理にある
平行線は無限遠で交わる
という一大ハッタリ(笑)が僕は好きです。むしろ交わらないように交わらないように、否定の精神をみがいて孤立することを考えていきたいと思ってます。
いったんココマデ |
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2006年08月13日
15:29
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>もうどんな新しい志、壮大な志をかかげても、それはすぐにカテゴライズされるし、パッケージングされるし、適当な距離をもって、処理される。
いや。分類不能なことは、まだまだできると考えています。スキマを探すのではもう無理なことは、それは確か。でも、ともかく横断的に世界を把握し「直感とイマジネーションで」(田所教授@日本沈没)数百年未来を見通した演劇行動ならば、まだできるし、海とも山とも知れないものに関わる快感、こころざし半ばで倒れるに決まってると割り切ったうえで後進の扇動に行動を転換するときの快感、それらは現在の閉塞状況においても充分にひとのヤル気を引き出すだろうと。
エンゲキを壊すとはエンゲキの因習性を壊すということですから、初めから因習などにまどわされないでスタートすればよいのでは。自慢になるとアレですが、わが平原演劇祭は正確な意味において「演劇祭」なのか?そこでの演目は正しく定義しようとすると「演劇」とはもはや呼べないのではないのか?このことの快感は捨てがたい。まぁ今年は緒についたばかりでやや半端でしたが求めるのはあくまでワン・アンド・オンリーを突き進む姿勢。そういうトッポイ奴らが仮にうまくやってかなりの成果を挙げて普遍性を獲得したとき、それがどんなに普及しようともうそれは「カテゴライズ」されたものとは違うのではなかろうか。だって、文化を塗り変えた「主体」なんだから。
もちろん、戦略としていったん敢えて自己規定してみるということに反対する理由はありません。でも僕はやらないな。あるいは一公演ごとにぜんぜん違う自己規定をするとか(ことしはミュージカルですwwとかね)。
「ゆらぎ」の部分――。僕の動機とは隣接しつつ微妙にズレを感じますけれども、たぶんそこがコースケには重要なんだろうということは感ぜられます。哲学の「核」を手放さないことは最重要なので、核心的なことでユサブリをかけることは控えたいと思います。 |
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2006年08月13日
23:48
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なるほど。
いろいろコメントありがとうございます。
基本的に言ってることはわかるし、納得もできます。
僕はこういうとき、何を聞いても、とりあえず「そうかな」と思ってしまうことが多いです。そこから自分の意見が反射されるまで時間がかかかることが多い。けっこう5年単位くらいで、「そうかな」を抱え、眺めつづけているのです。
そういう姿勢はいけないのかな。。
すいませんが、そんなんなので、ちょっと目先をかえて、ここで単純に、竜が今までに見た僕らの芝居の率直な感想と、そんな僕らの芝居が「テキスト/物語をテコにしながら演劇と交わる」にはどうすればよいか、そして「エンゲキまで下りていく」にはどういう可能性があるのかを、お聞かせ願えないでしょうか。 |
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2006年08月14日
06:11
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いや、すんげえ面白かったのよ。いやほんと。平易なようでいてよく考えるとちっとも分からないところwとかも、いいし。あと、思ってた以上に「野外」に向いてるなあとも感じました。台本構成も細やかな演技も、到底僕にはやれないレヴェルですホント(僕は基本は台本書きで、演出は人手不足だからやってる、とご理解あれ)。
では何が不足なのか。たぶん2点、あるかなあ。
ひとつには「さかのぼる過去」の不足。観劇体験が小劇場以前(鴻上以前)まで行けないのか――でもまあそりゃ当然でもありますが――どうしても舞台の手触りが80−90年代小劇場っぽいわけで、もうちょっと前を知ってる世代から見ると80年代っていうのはざっといって「みるみる芝居がダメになっていった時代」でありまして、たまたまその時青春まっただ中だった自分らの世代は遊びほうけて自己表現に真摯でなかったことを恥じており、残りの人生使って「償わなければ」とさえ思ってるわけです。おっと脱線、で、だから観劇体験を映像資料でも文献でもいいから駆使してもうちょっと遡行させるといいのじゃないかしら。ちなみにアングラの最初の舞台は1964年7月の発見の会「裏表四谷怪談」であり、それに先行する形で1959年に書かれた花田清輝「泥棒論語」が、脱・新劇をハッキリ意識されて書かれた最初の台本です。また、新劇の起源ならば関東大震災で、ヨーロッパ外遊中に一報を受けた土方与志がシベリア鉄道で帰ってくる途中(当時、それがいちばん速かった)、無聊に任せて考えた首都復興案が「廃墟に演劇を」ということだったわけです。築地の地主籾山半三郎氏から土地を借り、小山内薫がスタニスラフスキー左翼劇、土方がメイエルホリト前衛劇をそれぞれ持ちこんでブチ上げたのが始まりだそうです。
もひとつは「同世代向けすぎる」こと。こないだのは(そして以前見たアゴラのもやっぱ)役者も観客も20代が想定されてるように見えたけれども、そこはまぁ含みつつ、さらに幼稚園でも養老院でも温泉の演芸ホールでもやれるwようなスタンスが自分にあるか?ということを問うてみたらどうだべ。こないだ唐十郎がいってた――現在の主流は「同世代演劇」であって「同時代演劇」じゃない、これは明らかな衰えである、と。いやしくも芝居においていっちゃん大事な要素ってなんだ?と訊かれたら僕は言下に
『誰に見せるかです』
と答えるでしょうなあ。観客を探すこと――上演行動における眼目は、ここでしょう。
とりあえずココマデ。ちょっと本番やってきますん。公演今日なのに、まだ台本もなくてネー ギャース |
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2006年08月14日
09:17
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あれ、充分に応えてないな…。
>「テキスト/物語をテコにしながら演劇と交わる」にはどうすればよいか
ともあれテキスト破壊でしょう。繊細さではたどり着けない地点に理想をしぼることでしょうかね。自己損壊は快感じゃないですか?人によるかな…。僕はなるべく「台本には主題を持たせ、演出では主題を無視する」ことにしたいと思ってるんですが(難しいですが…当たり前)。 |
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2006年08月15日
05:54
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なるほど。今度は非常にわかりやすい(笑)
即、身に染みてくる。ありがとうございます。
ついでといってはなんですが(というかはじめからそう聞いておくべきだったのですが)、今回の平原演劇祭に参加した五団体に関して、それぞれ
「テキスト/物語をテコにしながらそれと演劇はどんな風に交わるのか考え」てもらえないでしょうか。
自分が噛んだ芝居はその志も含めて。
円グラフとかで説明してもらえると大変にわかりやすいんだけどな〜。ここでは無理かな。。
もう完全にインタビュアーになってる(笑)
いや、自分の思うところもいろいろあるのですが、竜の方が亜圧倒的に語彙が豊富なのと、それが溢れてくるスピードが速いので。僕のほうでもおいおい語ることがあれば語っていきます。質問があったら、してくれたら答えるよ。
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2006年08月15日
06:04
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あともうひとつ。
「みるみる芝居がダメになっていった」
というのを、どうダメになっていったのか、少し具体的におしえてほしいです。 |
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2006年08月16日
07:25
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そっち先いきましょう。
当時はバブルで、いや当時はバブルなんて言葉はなくてなんだっけ「いざなぎ景気」とかいってたんだっけ、なにしろ商業化礼賛の数年だった。青山スパイラルホールを皮切りに東京には大バコが次々に建設され、渋谷はほとんどコクドに買収され、ちょっとした劇団の公演にはすぐニッサンだのソニーだのJTだのJRだのといった大企業がスポンサーでついた。ギリギリの身体性だけで飢えながら闘ってきたアングラ俳優たちのほとんどはその商業主義から落ちこぼれて芝居をやめ、首都圏だけで300以上の劇団の解散、おそらく50軒以上にのぼる劇場の解体(大バコのあおりを食って東京では渋谷ジァンジァン、池袋文芸坐ル・ピリエ、駒場小劇場、アートシアター新宿(ジュク)、高田馬場東芸劇場、青砥時在劇場、池袋春秋座などが相次いで閉館、いまやアングラを支えた劇場は阿佐ヶ谷アルス・ノーヴァただ一軒のみ辛うじて残っているという状況です)、入場料は1200円平均だったのがわずか数年で3倍に高騰、諧謔精神を欠いた空虚な笑いを鴻上が流行らせ座席の9割を女子大生が席捲するという異常事態が起きたわけです。以後すべて、現在に至る。
商業化は芝居にかぎらずあらゆる領域で80年代に一気に起きた。だから演劇の転落、これだけを語ってもあんまり時代を語ったことにはならないかもしれません…。じゃ、どうしよう。なにが芝居にもっとも顕著なトピックであったか。
「笑いの衰退」――ですかね。反骨の笑いが迎合の笑いに落ちた。これが日本演劇の最大の堕落側面でしょう。喜劇を売り渡した演劇は二度と再生できない。いったん売った魂は取り戻せないのだ。境目は野田・北村と鴻上との間にあった。以後の演劇人は端的に敵です。おおむね資本のデマゴーグです。
僕は自分の芝居を「ぜったいに」売らない。「でも、売れるに越したことはないんじゃないですか」と反論してきたいろんな世代のやからのうち、世を良くするための動機を持ちこたえられたニンゲンは知る限り皆無です。売らないことを必要条件にしないとやっていけない。これは1982年からひたすら芝居の先端に居つづけようとした者の、直感です。 |
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2006年08月16日
07:58
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円グラフは無理みたいです(^^
阿佐田哲也「麻雀放浪記」という小説は戦後小説のひとつの傑作でありまして、オレみたいなマージャン知らない(興味ない)人にでも分かる。マージャンの「技能」は伝わらないが、その「精神」「身体性」「生き様」「世界観」は伝わる。少年マガジンで連載すりゃ小学生にでも分かるw 期せずして、南米でマルケスがやってたマジック・リアリズムの手法を、日本の小説家たちも没交渉のまま同時に試みようとしてたわけさ。
ジョジョ劇はそこを狙いました。ありゃ演劇じゃないのよ。台本読んでるし、稽古してないし、ネタが普遍的じゃないし。だがあのグループの中核になってる仙台の「和風レトロ」という一団はもともと『演劇でなく、演芸を!!』を旗印にやってきてるおっちょこちょいなトッポイ奴らでして、はなから芝居をぶっ壊すつもりで舞台に登るのだ。アンケートでジョジョ劇について「台本読んでるようなのはダメ」といってる人もいるが、そういうなんつーか、安心しきった「観客主義」みたいなものを蹴散らしたくてやってるんでして。
「ジョジョのストーリーは伝わらない、だがジョジョの精神は伝わる、そのことは原作ジョジョそのものの主題である!」という回帰。
例のコスプレイヤーらは作品の精神のなんたるか、まるっきり分かってなかったじゃんか。ああいう負け犬的「美学」はロードローラーでひと息に踏みつぶしたいね!我々はとにかく「再現しない」ことを徹底したです。原作どおりにやるのではなく、「原作を越える」のでなくばやる意味はないからね。
つづく。次、ベビーピー。 |
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2006年08月19日
14:52
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ベビーピーのこと、行きます。本番直前のところ惑わせるようだったら相すまぬm(_
_)m
ごく大雑把にいえば、ベビーピーのやろうとしてるのは「左翼演劇」ということになろうかと思います。さあブチ上げたぞ(笑
築地小劇場以来80年余、日本の演劇運動は(多少のスノビズムと享楽主義への脱線を除けば)おおむね「世直しの演劇」で一貫してきたという、僕の基本的な把握がまずありまして。
で、ベビーピーの場合もきちんと系譜に乗った演劇行動をしている、と見える。そこまでOKでしょうか?
だとすると、まず政治的演劇における「前衛」とは、どこらへんを目指すのが妥当なのだろうか、という問題があるでしょう。この一点において、先の5演目のうちベビーピーだけが、なにかそこはかとなく、目指してるところが違うような気がするわけです。ていうか、ほかの4団体の芝居は、あいつらどいつもこいつも、目指してるところがひじょうに見えにくい。なぜなら・・・たぶんは、目標がはるかすぎて、普通の目には見えないんじゃないのか??自分らのいま立っている地点のショボさに引き比べて、あまりにも遠くへ行こうとしている。俺たちの芝居で世界は確実に良くなる、とか無根拠に信じてるフシがある。そのバカさ。そのバカさ・・・が、ベビーピーには足りない――、そう感じたのね。はなはだ失礼ないいぐさですが。
いまのスタイルで行くと、もしかしてある程度、興行的には成功するような集団になるかもしれない。問題はその先です。得たネームヴァリューを道具に、では改めていったい何を世の中に訴えていくのか、という将来図がどの程度あるのか。あるいは図なんかはなくとも、ともかく売れるだけにはとどまらんぞ、世の中(良い方に)ひっくり返してやらあ、という不良気質がどんだけあるのか。団の方針として座長という担当を設けているのかどうか知りませんが、まあ作家としては、そこらへんは見通して書いておくのがいいのじゃないかと思います。
目的を遂げるには時間が足りない、人生はあまりに短い・・・という疑義反論はありましょう。そのことは僕もずいぶん考えた。で、なにも、自分の代に実現しなくたっていいじゃないか、と思い至りました。「人生」といい「寿命」という。でも寿命ってどこまでのことだ?肉体の終わりまでか?僕の行なってる行動はおそらくは周囲の数十人に大きく影響し、その影響を受けてくれた友たちはおそらくは僕が生きてようが死んでようが同じく行動するだろう。とすれば僕の寿命とはたぶんは僕の死後50年くらいまでは延長して考えていいんじゃないか。さらに次の世代まで僕の思想がある程度の普遍性を持ってつたわるならば、いまから数えてもしかして150年くらいは、僕の「寿命」は残ってると考えうるのじゃないか。それだけあれば、やれることは数倍に膨らむぞ、と。
そもそも戦場における「前衛」担当者は、自分は討ち死にして祖国を守るのだ。自分の代に何かが実現するなどと考えていたら運動なんかはできないんであって、なんとかして死後も残す、「このあまりに正しい考えと作品と人間関係」を――、誰かの「身体に」託して、自分はハイおさらばの一丁あがりよ、と、こういうのが正しくもカッコヨイかと。
まあ、僕の場合は「自分は決して売れない」ところを強調しすぎてるきらいがありまして、そのことは(僕の中では正しいけれども)見習う必要はナシ。ただの実力不足でもあります(とりわけ演出能力の・・・(汗))。 |
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2006年08月23日
00:04
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さて、芝居談義の途中なのですが、明日から池袋で本番なのです。もっと早く書きこめばよかった。。明日からです!!
ベビー・ピー#6
『みんなボブ――ルックス最高!』
埼玉、京都、大阪公演、無事終了し、オーラスの東京公演なのみです。しかも、埼玉を見ていただいた方には、続きがちゃんと見れます(笑)また違った味わいの作品になってるんじゃないかと思いますよ。
本当にもう、見に来てくださいませ!
詳細はこちら。ブログのほうに地図も載ってま〜す。
◎東京公演
2006年8月23日(水) 19:00
24日(木) 14:00/18:00
・会場≫池袋小劇場
・料金≫1800円(前売・当日とも)
●ウェブ→http://knitcap.jp/baby/
●ブログ→http://baby-blog.jugem.jp/
■チケット予約
○ウェブ予約:こちらをクリック!
○メール予約:baby-ticket@knitcap.jp
○電話予約:070-5652-8857(かどわき)
この公演は僕にとってもひとつの区切りになる公演じゃないかな〜と思ってるので、お芝居が終わったら、また本当に長距離の焦点をしっかりまた定めて演劇を活動していきたいと思っているので、ここも再開していきましょう。
そんなわけで、
もう本当によろしくお願いします〜!!!!!! |
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2006年08月24日
16:01
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2006年08月25日
15:14
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すまん行けんかった。
どうしても一日、完全逃避型オフ日が必要でしたの。
次回カキコから再開。 |
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2006年08月27日
04:54
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代わりにというか、さかい君が行ってきてくれました。以下引用(無断引用スマヌ)
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さかい@8/26Live蝶さんの日記
2006年08月25日
22:48 劇:「みんなボブ―ルックス最高!」
というわけで、行ってまいりました池袋小劇場。
いや〜絶対間に合わないと思ったけど、間に合って本当に良かったよ♪
■劇団ベビーピー第6回公演「みんなボブ―ルックス最高!」
日時:2006年8月24日(木)18:00〜
場所:池袋小劇場
作・演出:根本コースケ
出演:門脇俊輔/首藤慎二/筒井彰浩/根本コースケ/安田一平
コースケへ。
今年の夏は、実に10年ぶりで君と再会して、同じあの庭でまた舞台が出来て、本当に嬉しかった。
生まれる前から知っている君との間だから、細かい話は抜きにして、あの夏の庭の続きの物語を見せてくれた、昨日の本公演を見た印象を率直に語ることにしよう。
昨日の舞台を僕は非常に楽しく観させて貰ったんだけど、その予告編というべき「平原演劇祭」でのダイジェスト上演とを比べた場合、僕にとって野外での君たちの面白さは、圧倒的だった。
これはなぜだろう?
と考えてみたのだけれど、ポイントはどうやら、あの空間に体当たりで立ち向かっていった君たちの潔さだけでなく、どうもあの「未解決」のまま観客に向かって芝居を放り出して去って行った、ダイジェストというテキストの解体作業の面白さが大きかったのではないかと思う。
完結しない、行ったきり帰って来ないものがたり。
これが、突破口なのではないか、という気がした。
昨夜の舞台上で、君が劇場空間の中で同じように突破口を開こうとして試みた様々な試みは、どれも非常に面白かった。
特に「泥にダイブ」と、最後のセッション、あれは素晴らしい!(笑)
技術ではなく、力技で乗り切ろうというあの場面の面白さは、昨晩の芝居全体の中でも、突出して面白かった。
それだけに、ものがたりの結末が、少々観客に対して親切過ぎるのではないか、という気がしてしまったんだな。
この件についてはある時、竜が酔っ払って面白いことを言っていた。
「この世には『集中力』の反対を意味する『散漫力』というものがある」
というのがそれだ。
そのヒントは、あの夏の夜の庭に、確かにあったと思う。
君ならきっと、それを劇場に持ち込むことが可能だ。
まとめようなんて、思わなくていい。
むしろ、観客を置き去りにしてしまおう。
最後になるけど、その「拡散力」のちょうどいい例が一つあるから、楽しい舞台を見せて貰ったお礼にぜひ聴いてみて欲しい。
僕のマイミクさんで、最高にイカした「盆造(´ー`)y━・~~~
さん」っていう人がいるんだけど、その人が中学生の時に録音した音源だ。
この見事なまでの十代の「垂れ流しっぷり」は、きっとこれから君が迷った時の、心の支えになると思う。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=205208018&owner_id=1118454
長いツアー、お疲れ様でした!
また元気で逢おう!!! |
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2006年08月27日
07:16
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あと角田レポ。なんて律儀な。
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08/23-08/24『みんなボブ〜ルックス最高!』(ベビー・ピー)@池袋小劇場。
★★ 08/24 お彼岸と就職前のモラトリアム...みたいな三題噺めいた真面目な内容だったのね!?_野外版との比較になるが、細かいギャグ(子供も見に来ていたし)や里帰りの場面、オチはカット。しかし細部は無くても、別の部分が飛び込んできた様な。空が開けていると(奥行きでも)増幅されるものがある。ジミヘンの所は花火に限るデショ。
(角田) |
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2006年08月27日
08:10
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公演終了しました!
本当に埼玉ではいろいろお世話になりました。池袋に見に来れなかったのは残念だけど、まあよかです。そのうちカンチョーでもします。
そしてお二人の感想もありがとうございます。
基本的に同じことを言っておられますね。
本当に、本当に。それは作っていても感じていたのだけれどもね。。やっぱりそうか。うむ。受けとめよう。またそれについても改めて書きます。
さて、ここ、再開していきましょう。
僕の芝居も一区切りがつき、で、いろいろあったので、少し(演劇的には)休む時間があるので、じっくりとまた自分の目指す方向を確認していきたいと思っています。
今後、僕の方から書いていこうと思うのは、
@自分がどういう芝居を作ろうとしているのか。志。理想。
そして、いま、どうやって芝居を作っているのか。
を書くので、それについての意見が聞きたい。
A自分の影響の受けた演劇人・その他ヒト・また演劇論。
を書く。これは先に竜が書いたことを受けて書く部分も当然ある。それについてまた意見がほしい。
B竜のやろうとしていること・志
について、またツッコミを入れていく。
つまりいままでに似たインタビュアーとしての役割。
以上です。
勝手にいい順番で書いていこうかなーと思うのですが、
とりあえず「平原演劇祭」参加団体に関しての企画(?)がまだ途中なので、それを書いてもらってから書いていこうかな。書くよね? |
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2006年08月28日
12:59
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はいよー。
とりあえず@が聞きたいですね。君の@がここに書かれないことには(つまりインタビューに終始しているのでは)君の立場は「観客席で安心しきってる匿名の観客群」と変わらないことにもなり、僕の立場は「『この一人』の観客を発見しそこなってる哀れな演劇人の能書き」にもなってしまうわけで。
この半年ヨクナ・パトーファとつきあってきて、今またコースケと(ほとんど生涯初めて!長かったねぇー)こういう関係を作りつつあるわけですが、正直いって若者よ、あなた方の「質問」が多いことにはげしく戸惑っています。というのも、
僕は質問をしない青年だった。
から。むちゃくちゃ語る青年ではあったけど、質問ってほとんどした記憶がない。20代当時から大事なことは「すべて分かってる」つもりだったし(実際にはアホだったとしてもよ!)、今だってなおさら「すべて分かってる」んであって誰に何を問う必要もないのだ。ていうか他人から満足いく答えなんか返って来やしないことも「とっくに分かってる」。(師にすら尋ねなかった。谷川雁氏にした記憶にある唯一の質問は「お遍路さんの笠にはなぜ『同行二人』と書いてあるのですか?」というものだったけど、やっぱ、満足いく答えは返ってこなかったね・・・)
僕の世界認識とかやりたいことはBになるので後に回しますが、僕の妄想の基本形は「極端な一元論」なんであって、普遍的なことをやりたいから演劇に挑んでるのである以上、前提として僕の試行はすべて普遍的な正解に向くはずだ、外部からはネタは集めるけれども普遍的な主題はすでにとっくに自分の中にあるのであり、迷わず突き進むことにいささかもためらいを感じたことはないんですね。だから質問をする人の気持ちというか動機は、僕はちっとも理解しないまま答えてるのだ、ということは一応、申しときます。
では進めましょうか。 |
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2006年08月28日
22:46
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はい。書いていきましょう。
質問が多かったのは単純に自分のことをまとめる時間がなかったのと、最初僕が書いて竜が答えた時点で、ちょっとの噛みあわなさを感じたので、僕が質問するかたちで誘導した方が逆に自分の意見を言いやすいんじゃないかと思ったからですわ。
まあよかです。@行きましょう。
まず、はじめに僕がモロに影響を受けた演劇人。
物語では野田秀樹、松尾スズキ。プラスして笑いと精神の部分で、クドカンとシティボーイズ。
その辺、あたまにいれてもらった上で、まず僕の芝居が目指す方向。まずはマクロレベル。
僕の狙いを使って、前出の言葉をひろう形からはじめます。
「平行線は無間遠で交わる」
「三題噺」
この辺が近い。要はマンダラを作りたい。いろいろな可能性・物語・身体性が混在する世界を作りたかった。ひとつの世界(芝居)を作るために、なにか別のものを捨てるのが嫌だったというか。大事なものを全部つめこめるのがまあ理想だろうなと思ったのかな。
だから違った世界・パラレルが交わる瞬間、衝突する瞬間、そのありよう、その形状を追ってみたかった。
この辺はやはり野田秀樹・松尾スズキの影響受けてるかな。
次、ミクロレベル
これは一度書いた「ゆらぎ」。これはシティボーイズのコントに一番影響受けてる。僕の知り合いの劇団にあるエチュードがあって、それが大変面白い、それを端的にあらわしているのでここに書いてみます。
二人でやるエチュード。
イスか机・それに近い形状のものを舞台中央に置きます。
Aはそれをイスと思って「いやー、これ、いいイスですねー。」と言います。しかしBはそれに対して「いやいや、これ、机でしょう」と言います。永遠とこれを繰り返すエチュードです。
A「いやー、いいイスですねー」
B「え、これ、机じゃないですか?」
A「いや、これはイスでしょー」
B「いやいや、これ、机ですよ」
******
別にセリフは決まってません。片方は永遠イスと主張し、もう片方は永遠机と主張する。元々役者の特徴・演技の仕方・キャラクターを見るためのエチュードだと思うんですが、この認識の揺らぎこそがコントの基本であり、芝居の出発点にしたいと僕は思っています。安心してみていたお客の「え?」という揺らぎ、それが芝居に引き込む第一ポイント。
「その日、アダルトコーナーの暖簾の奥にはさらに奥へと続くもうひとつの暖簾があった」
そう言ったときにお客の頭の中で右往左往する感覚、身体性、身近でありながら異次元へと通じていく感覚を作ることで、物語を見せるのではなく、共有していけるのではないかと。
そしてそのいろんなミクロ、本来なら交わらないはずのミクロが同居し、なぜか居合わせてしまったらどうなるか、本当に三題噺のように、いつも芝居を作っています。
だから結末、全体性は予感としてあるのですが、とりあえずミクロ的コントを3〜5作り、それをどう組み合わせていこうか考える形で話を立ち上げています。
でも逆に言うと、予想される結末、全体性から、自然と出発するべきミクロがこぼれてくるので、結果としては最初にイメージしたとおりのものになったりすることが多いような。
そして要は物語を見てもらうのではなく、共有してもらうことで、こちら側の振動を見ている方に伝播させたいのですね。バイブレーション。これ、もうひとつの僕の重要なテーマ。こちらが身体の底の底から振動する。そして、見ているもの、というかその場に居合わせたものは、地震のように、否応なくその震えを受ける。あるものは振動から逃げ、あるものは共振し、しかしそれぞれが違った物質でできているから、その伝わった振動は、また別の振動にかわり、また別のところで振動して広がっていく。
これです。ロックンロールということでしょうか。
はい。まとまってるかな?
とりあえず、作りたい芝居とその志。
まだまだこぼれていそうだけど、とりあえずここまで。 |
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2006年08月28日
22:53
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そして上の志で、芝居を作ろうと思ったんだけど、気持ちしかなく、技術などまるでない、どうやっていいかわからない状態でそれをやったから、いまになって思うと「散漫力」がいっぱいの芝居ばっかり作っていて、とても客前に出すクオリティになってなかった。でもおもしろかったとおもう。その要素は詰め込まれていた。
それが、最近二作で、ようやく三題噺としてまとめられるようになってきたということです。だから「お客さんにして丁寧すぎる」というのは、まあそうだったんですが、やはり解体すべきものがないと、解体もくそもないということはその前に痛いほどよくわたったので、いまは解体すべきものを作るという意味でも丁寧にまとめてやろうと思い、丁寧にまとめました。おかげさまでお客の評価は(当時と比べると)かなりあがった気がするのですが、これを良いというのなら、それまで自分が作ってたのだって同じようによかったはずだぜ、とも思ったりします。
そんな意味もこめて、僕がそういう方向を志しだしてから作った芝居のあらすじを下にのっけてっみます。
『マカロニマーチ』には「散漫力」がたしかにあった気がする。でも忘れかけてたかもなーー。
そういう意味で、酒井君、ありがとうです。 |
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2006年08月28日
22:56
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『マカロニマーチ』ー2004年7月 僕の第二作
あらすじ
朝起きたら、自分の町はイタリアになっていた。
イタリアになった町では人々が陽気になり楽しく過ごしていたが、その町伝統の七夕祭りを開くにあたり、イタリア化のため、町の竹林が全部オリーブ林に変わってしまい、七夕が出来ないことが発覚し大騒ぎになる。しかし町長の一言で、「笹に短冊」の変わりに塔の上から大きさの違う鉄球を二つ同時に落として、それが同時に着地」すれば今年の願い事は叶うことにすることにしようということになる。
そんな中、夏休みを利用してたまたま町に自転車でやってきた若者二人は、町に入るなり自転車を盗まれ、町に居ざるをえなくなる。一人は自転車を探し、一人は町の金持ちの娘に恋をする。この恋は、町の有望な若者との三角関係になり、真夏の夜の夢のようなストーリーが展開される。
またイタリアになった町では巻き舌が出来ない者は虐げられるので、みんなひそかに巻き舌の練習するが、そのときに陽気になりすぎてしまい頭がおかしくなりワッポッポ踊りというわけのわからない踊りをする人が町に続出しだす。
これはどうやらイタリア化が原因で、それを戻すにはやはり日本伝統の七夕祭りをしなければということで、町の一部の人々は笹探しをしようとする。そんなとき町の有望な若者に恋焦がれていた娘が「うちのおじいちゃんは竹取の名人で、昔は野山に登って竹を取ってはよろずのことに使ってたんだ」と言う。娘の祖父は竹取翁だった。竹取翁が出てきて、笹のとり方をおしえてもらい、町の有望な若者は笹を取りに去る。
次の日、町の祭りが始まり、鉄球を落としたり、それに怒りをあらわす神父がいたり、裏切り者は誰だゲームをやったりしているところに、町を日本に戻そうとする者たちが日本の祭りの格好をしてやってくる。日本の祭りとイタリアの祭りが衝突せんとするところに、笹を持った若者が帰ってくる。一同は広場で大衝突する。
そのとき、ドスーーンという音がして、空から神様が降ってくる。「町がイタリア化したのはお前らがちゃんとしてなかったせいだ。俺もさぼってたけどな。お前らちゃんとせい。ちゃんとせい。」神は勝手な理屈で説教をし、こじれていた恋の糸を勝手に解決させ、死んでいた人は生き返らせ、「そら、ハッピーやろ。歌わんかい、踊らんかい!」と叫び、全員ワッポッポ、ワッポッポ、歌って踊りながら芝居は終わっていく。
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2006年08月28日
22:59
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『サマーモザイク』2005年7月 僕の第三作
次の年に、前の年に生まれたものをとにかくでかい規模でやろう、それなら大河だ、とキャスト16人を集め、ダンスとかを踊ったりして暴れ回った芝居。上もこれもベビー・ピーのホームページの「スペシャル」の「上演記録」のところに舞台写真があるから、あわせて見てみてください。
義経伝説を下敷きにおいた話です。
人類で初めて宇宙に行き、「地球は青かった」という言葉を残したユーリ・ガガーリンは、日本人だった。
平成17年7月、東京は上野公園、西郷隆盛像の地下からミイラ化した遺体が発見される。DNA鑑定の結果、それは学者の小矢部全一郎氏のものであることが判明。同氏は日本とロシアの関係に尽力し、5年前、ノーベル平和賞を受賞していたが、3年前から行方がわからなくなっていた。その氏の最後に見たという助手が、あるテレビ番組で真実を語りだす。失踪する直前、教授は実際には語られなかった昭和史についての研究に没頭していた。
終戦前夜、特攻隊を脱走し、東京は上野公園、西郷隆盛像の地下の穴倉に隠れている青年がいる。その青年の周りには天狗がつきまとい、青年は天狗と必死に修行をしている。
戦争が終わって5年がたったある日、青年はある家族の家の地下から発見され、その家族と一緒に暮らすことになる。家族には一人の娘がいて、娘は青年に恋をする。
ある日、青年はひょんなことから闇拳闘の試合に出場することになり、白井という男と対戦し、勝利を収める。
その試合が終わると、拳闘の興行主・吾妻という男から「一緒に青森に行かないか」と誘われる。「隣の国で戦争が始まり、日本には大量の石炭が必要だ。九州や北海道でなく、まだ誰も手のつけていない青森で石炭を発見し、一攫千金をたくらもう」ということである。青年は男についていく。
それから5年、吾妻たちは石炭をちっとも見つからずに地下で迷い困り果てていた。
そんなとき、彼らは「ふじわら」と書かれたドアを発見する。ドアを開けてみると、そこからは眩しい光。それは奥州藤原氏の隠し埋蔵金山だった。青年と吾妻は大金持ちになり、青森はゴールドラッシュで大勢の人たちが押しかける。
男と青年は調子に乗り、ここで一国築き上げようと、青森を日本から独立する宣言を出す。そして独立を記念して青森万博の開催も同時に宣言する。
一方、金が発掘される地下で青年は再び天狗に出会う。天狗は彼にある友だちを紹介する。それはインド象のランディ君だった。なぜ地下に象が・・・。しかし青年はその象と心を通わし友達になる。
万博は開かれる。青年は地下から象を連れてくる。万博がクライマックスを迎えたとき、突然地面が揺れだす。地面が遠くのほうからどんどん沈んでいくという。なんと青年が連れてきた象は、世界を支える四頭の象のうちの一頭だった。そんなわけで万博は大パニック、あっさりと青森帝国は崩壊する。そのとき、ずっと青年の行方を追っていた東京の娘がようやく青年の元にやってくる。地下に象を戻すのを嫌がる青年。すると娘が「私が地下に行く」という。家族のためにいろいろしてくれたお礼をしたいんだそうだ。娘は地下に行き、象は逃げ、青年は象を追って消えてしまう。しばらくすると、地面の揺れは、おさまった。
それが今から50年も前の話。それを聞かせる吾妻。それを聞く小谷部教授。
吾妻はこのときの体験を書物に記す。それは「吾妻鏡」という名で出版され、大ベストセラーになる。しかし、これは実際の体験のため、青年の最後が曖昧にしか描かれなかった。教授は吾妻の遺志を引き継ぎ、青年のその後の足取りを追おうと決意する。
地震を逃れ、北海道に渡った青年はそのまま樺太からモスクワの大地まで旅をする。そこで象のランディ君は力尽きてしまい、青年は永久凍土の下にランディを埋葬する。そのランディこそ今はなんの因果か同じ万博で名古屋にいるそうな。一人になった青年は、ロシアの地を西へ西へ向かう。
当時ロシアはアメリカとの熾烈な宇宙開発競争を繰り広げていた。アメリカは資金が豊富で大きな宇宙船を作ることができたが、ソ連はお金が足りずに小さな宇宙船しか作ることが出来ず、その宇宙船におさまる小柄宇宙飛行士を探していた。そんなときにあらわれたのがあの青年だったのである。そして青年は宇宙に行った。
彼の乗った宇宙船ボストーク1号は地球の大気圏外を108分飛行した。7年後、彼は戦闘機操縦中の事故により、34歳の短い生涯を終えたと言われている。しかし、彼は死んではいなかった。彼はいまでも木星の衛星エウロパという星で、誰にも邪魔されることなく、天狗と共に暮らしている。(この芝居はたまの音楽がずっとテーマで、ここから「さよなら人類」がずっと流れ続ける)
教授は自分の研究が正しかったことを証明するために、上野公園の地下に向かっていく。上野公園、西郷隆盛像の地下の穴倉は、木星へと通じる抜け穴なのだ。教授は、上野を目指して突進していく。そして、三年後、ミイラとして発見された。
この話には後日談がある。小谷部氏のミイラ発見の3日後、西郷隆盛像の地下からまた、ミイラ化した死体が発見された。死体は、小谷部氏のものよりさらに深くに埋まっており、
調査の結果、死体は20歳前後の青年であり、昭和期の人物のものであることが判明した。
二体のミイラが照射した架空昭和史ファンタジー。
最後は木星のエウロパ。そこにはこの芝居に出てきたいろいろな人物たちがいる。
天狗たち、地下で日本を支える女、書物を記す吾妻、そして象と戯れる青年。
そこに小谷部教授がやってきて、二人が出会うところで芝居は終わる。
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2006年08月28日
23:10
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一気に長いページになっちゃったね。
こうなったらとことん下まで伸ばしましょう。
えーー、で、気持ちだけで上の二作を作り、大変に苦労し、これはもう少し方法とか技術とかをちゃんと勉強しないといけないと思い、まずは物語の最小要素をきちんと作れるようにしようと去年の12月に『茶色い絵本』というコント集の公演をやり、それがわりとうまいこといったので、それを再び綜合させていこうと、今年6月に『月を食べる』、8月に『みんなボブーールックス最高!』をやったわけです。
でも、この討論ではっきりと気付いたんですが、芝居としてのまとまりがついてきたかわりに、竜の言う「バカさ」、酒井くんの言う「散漫力」が減ってしまったし、それがなくなることは僕の本意ではないのでそれをなんとかしなくてはいけないといま思ってます。
上のような物語の容器できた上で、そこにはありとあらゆる可能性が存在し、物語も同様にあやうくゆれ、ちがったヒト、ちがった身体が混在している。
だから平原演劇祭なんてのはひとつの理想なんです。あれを、ひとつの物語にしたい。あのそれぞれの団体が、どこかでぽっかり出会ってしまう瞬間を切り取ってみたい。
そういう衝動なのかもしれません。
あと、ちらっと聞いてると思うけど、前は台本が書けなくてテンパることが多かったのが、最近はナンセンスにある日突然「うつ」になることが多く、それが芝居作りの最大の障害になっていて、それをなんとかしなくてはいけない。。
これが僕の現状。
現状と向かう方向をあわせた上で、これからどうしていこうかなーというのをここで考えていけたらと思っているわけです。
どうかな。
いろいろこぼれている気もしますが、とりあえずここまで。 |
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2006年08月29日
07:54
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ついでなので、これまで聞かせてもらった竜の志と、僕のそれの微妙な違いについても書いておきます。
竜は「世の中を良くする」とずっと書いている。
僕はそう思って、演劇をしたことは、ない。
もちろん「良い世の中」であってほしいし、結果として自分の芝居がそのためのものになっているのなら、こんなにうれしいことはないと思っているが、それを目的にしてやったことはないし、しばらくは、これからも、ないんじゃないかと思う。
僕にとって大事なのはいまはとにかく「振動する」こと。
そしてその振動体である自分たち自身の形状をよく眺めること。
「振動する」ことは、すべてを棄てて「エンゲキに下りていく」ことに非常に近接している気がする(イコールかもしれない)。だから、「エンゲキに下りていく」というのは大いに賛成で、いまの僕らに「バカさ」に欠けているというのも大いに納得ができ、非常に身に染みてそう思う。
だから、もっと「バカ」に、もっと「エンゲキに下り」、もっと「振動」していくのが僕のこれからの目標。
ただ、それで世の中が良くなるかはわからん。
し、そこを目標にはしないでおこうと思っている。それをすると、一番大事なことが失われる、結果として演劇がそうじゃない(世の中を良くするためじゃない)ものに風化していく気がする。
町田康の最近作に「告白」という河内十人斬りを扱った小説があり、その主人公は、自分の中の思念とそれを表現する農民としての自分の言葉がどうしても一致せずに悩んでいる。そしてあるときのふとした喧嘩で、自分の思念と表現が一致するとき、自分は生きてはいないだろうと自覚する。しかし、妻をうばわれる、だまされる、云々して、怒り没頭、主人公は友人とともに斬り込んでいく。
思い出しで全然まとまらん(ごめん)。でもそれ。シェイクスピアの悲劇も要はそれのような(どうにもならない振動同士の衝突、それが普遍的な世界をあらわしている)気がするし、手塚治虫が晩年に火の鳥やブラックジャックで俯瞰的に書く(現代の問題・宗教戦争)も似たようなことのような気はする。
自分がいま目標にするのは身体の底から振動するということで、それの方がでもいまの自分には大事で、そうなったときに、仮に世の中を悪い方向へ行ってしまっても、いまは振動することを優先にしてやっているなーとよく思うわけです。
わからんけど。この辺はよう整理できてない。
ただ物語のうえでこそ、そういう大きな振動と振動の衝突、それによる悲劇というのをやる、
とにかく目一杯生きたいんだ、中途半端は嫌なんだ、だからその目一杯同士の衝突の悲劇にカタルシスがあるのは、やはりそういうことだから、
物語の力ってそういうこと、それは世の中を良くすること?
どうなんでしょう。 |
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2006年08月29日
14:23
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あと、
これは「前衛」についても同じことが言えるかな。
僕は「振動」が起こる場所、響き合う場所であれば、それは前でも後ろでも構わないと思っている。
むしろ「前衛」という言葉や概念の格好良さに流されて、大切なことを見失ってしまいそうなので、なるべくそういう言葉は意識しないように心がけております。 |
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2006年08月30日
13:13
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上ふたつの書き込みに対して。基本的に賛成だし反対する理由のあろうはずもないです。
が。その上でなお!「世直し」のための「前衛」だと言い張るね僕は。理由は2点あって小さい方の半分は
@僕自身は別に仕合せになりたくない。
大きい方の半分は
A敢えて世直しを叫ぶ担当者が要るだろう。
ということです。
こないだ僕の上演した「こい。」で主人公のひとりアジア夜間航路の開拓者リュミエールは
自分の存在は忘れられ
そして世界は変わるのだ
という。僕自身の「身体性の開放」とそれにともなう「幸福」がありえるとしたらそれは必ずや僕の今生ではなく、死後に訪れるでしょう。なにもオカルトを語ってるわけじゃないよ。僕は自身の肉体だの精神だのにはてんで興味がないのだわ。それよりは、戦火天災貧困の巷になるだろう東アジアの200年後、その苦境にメゲないだけのユルーイユルーイ生活内芸能者の数百万人を産みだすために、いま、僕はどれだけのことができ、どれだけの目標を立て続けるべきなのか・・・?――これが僕の青年期の終わり、27歳ごろにようやく見えてきた「今後の生き方」だったのでありました。
その未来の演劇の(いや芸能の、いやいやもっと的確には「演芸の」??ww)人々を妄想し、たとえばあの進修館の夏の庭にダブらせて幻視する時が、まあ今生の仕合せといえば仕合せかなぁ。
僕の芝居が未完なのはたんに技能不足なためだけではなく(汗、どうしても未完でなければいけないような気がしてしまって、きちんと作りあげることに興味が持てないからでもあります。今年の10月で演劇生活36年になりますが、これからさらに36年やったってやっぱり僕の芝居は現在とほとんど同じヘボヘボだろうし、決してメジャーに打って出たりはしなかろうし、まるでなにも成し遂げなかったかのようにして野垂れ死んでいくのだろう。けれどもまあこれから半世紀も経ってみれば、いま僕がやってるような芝居や演劇祭は日本の数十ヶ所のイナカでごく当たり前に行なわれるようになってると思う。そしてそういう風にゆーーーーーっくりと、演劇は世の中を救うのだ、と思う。で、僕のことなんか誰も覚えてない。どうよ。これがまあ仕合せ、僕の最近の用語でいえば「エクスタシー」です。どうかね? |
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2006年08月30日
15:32
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あと細かい点をいくつか述べていきましょうか。
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>「平行線は無限遠で交わる」
>「三題噺」
のとこ。詰め込むのは大好きです。僕の台本は常に上演不能呼ばわりされてます(「こい。」ですら!あんなの簡単々々)。鴻上にも渡部えり子にも加藤直にもコテンコテンにいわれっ放しです。平気だがね、オレの台本の方が面白いから。近いうちにこないだ上演した「しじみSF」てのの台本アップするんで眺めてみてくだされ、詰め込みまくりです(だが上演なんて簡単々々!)。んでその観点からいくと「サマーモザイク」はかなり面白いね。ていうか歴史劇(ウソ歴史)が大好きなのだ僕は。歴史がウソ歴史にずれ込んでいく「融点」みたいなものが歴史劇にはある!二項対立に介入してくる、なんか関係なさそうな第三の他者、ということを三題噺と呼ぶならば賛成です。利根川下流の分校にハメルン事件が再現される顛末を書いた拙作「ハメルンのうわさ」には無関係に「辛子レンコン」賛美のカットが何度も織り込まれるんでしたが、この関係なさそうに遠い(何の比喩かも明確にはされない)他者が読者からの評判聞くととっても評価されてましたナ。また「はなうたのエレクトラ」という作品ではビルマ山岳部族がアトレウス家の崩壊劇をくり返すのですが、その舞台にはどうしてもハワイの民俗楽器「オヘ」(鼻笛です)の登場が必要だった。何でだかどうしても。マンダラといったけれども、僕のことばに翻訳すると
一作で世界を描ききってしまいたい!
わけさ。↑これで合ってるでしょ? |
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2006年08月31日
02:25
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2006年09月01日
22:25
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えーー、では、続けていきましょうか。
これで僕の@は語ったことになったかな。
もしそうだとしたら、ここらでデーーンとひとまとめにBを語ってもらいたい。ね、それで対等だべさ。
今まで書かれたことからだいたいそれはもう充分に感じられるのだけど、やはりここらあたりで一度、竜の言葉で、ひとまとめに、それを書いてほしい。長くなっても。
それでやっと討論していく前提がなされると思う。
そして、ここらでこの討論をしていく意義、この場の目的のようなものをお互いに確認しておきたいかな。
僕はね、やっぱり「質問」をしていくのがよろしいんじゃないかと思ってるんだよ。
竜の妄想が「極端な一元論」であるとする。
それは竜が40年、もしくは演劇人生36年、もしくは前衛に立ち続けようと決意してからの24年の中で、鍛えられ育まれてきた第四次延長的な「一元論」であるはずだ。
そんな僕等(普通に生活してる20代の若者)からすれば、ちょっとわかりずらい、とっつきづらい「竜の志」を、僕、および僕につながる人たち、の世代に、このミクシィという場だからこそ、ひらいていくのが、ここでのひとつの役割なんじゃないかと思ってる。
だからBを語ってもらった上で、その四次元的多面体である竜の「一元論」を、ただ僕の言ったことに対する竜の返答という形式だけではつかみきれないであろう部分を、僕が様々な角度から質問していくからこそ浮き彫りにできたりもするんじゃなかろうか。
答が知りたいわけじゃない。ものごとを様々な角度からながめたいから質問するのですわ。 |
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2006年09月01日
22:31
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あともう一つ。
竜は「普遍的なことをやりたいから演劇に挑んでる」と言う。
それは僕も同じ。
そして「普遍的なことをやりたいから演劇に挑んでるのである以上、前提として僕の試行はすべて普遍的な正解に向くはずだ」という。
それにも大変に賛成なんだけど、その「普遍的なもの」「自分の中でとっくに出来上がっている正解」に向かうために、向かうにあたって、その「前提としての試行」に何をするか、どうするか、それが問題で、先人たちの姿を見るにつけ、それがなんと多様であることか。その多様さを感じる瞬間が最近とくに大変に楽しい。平原演劇祭なんてその最たる例かもしれないね。
「志」があって、「今の自分の身体と心と環境」があって、それを結ぶために「どのような試行」をしていくか。それが自分がこれから活動していくにあたって大変に問題になるところ、興味があるところである。
ちょっと話はそれるけど、
竜は「僕は自身の肉体だの精神だのにはてんで興味がない」という。
でも竜の肉体も精神も、やっぱりあるでしょ。
僕はいつも置き去りにした「肉体や精神」にいつも復讐される。だから、やっぱりここをおざなりにはできない。「振動」という言葉にこだわるのもそのためで、まず肉体と精神があって、(言葉や声もふくめた)それらの振動によって、そこから志が伝播していく、この形以外ありえないと思うんだよなー。
だって、竜はなんでベビー・ピーの公演に来なかったのさ。別に怒ってるわけじゃなくね。それは竜に肉体と精神があるからだと思うんだ。だから、志うんぬんを語る上で、それは絶対に無視しちゃいけないことだと思う。僕はいままさにそれで苦しんでいるからさ。
さらに話がそれるけど、
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」は手記だからこそ、いいと思うんだよね。賢治の「志」があって、でもそれを全然果たせず、ぐだぐだに布団の中でのどうしようもなくつぶやいた、記した言葉。その賢治のぐだぐだな「肉体」と、崇高な「精神」、その二つがセットで、初めて作品として成立してるんじゃないかと。それも表現のひとつのあり方かなと。多様さの一つかなと。(だから竜の「志は気高く性根は腐りきっている」には大いに共感した)
坂口安吾の論文と小説の差、これも好きだ。
僕はそういう多様さに大変興味がある。
まあ、で、ちょっと話がそれちゃったけど、その「前提としての試行」に、どんなことをこれから自分がしていってやろうかを、討論しつつ考える場にしていきたいのね。
それがここにおける僕のもう一つの目的。
たぶんこの二つは竜のそれとは微妙に違うだろうから、その辺も聞かせてもらいつつ、
とりあえず、どでかくBをお願いしますわ。
そして、その際に、一番最初の頃に僕の「カテゴライズ」のことに対して言っていた、「トッポイ奴らが仮にうまくやってかなりの成果を挙げて普遍性を獲得したとき、それがどんなに普及しようともうそれは「カテゴライズ」されたものとは違うのではなかろうか。だって、文化を塗り変えた「主体」なんだから。」というのは、具体的にはどういうカタチをとって現れるのかを、聞かせてほしいです。
いかが? |
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2006年09月02日
03:36
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はいよ。・・・膨大だなあ(^^;
帰宅したら書くです。 |
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2006年09月02日
15:25
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いそいで脱線前の宿題を済ませてしまおう。忘れてたわけじゃありません・・・。
桃安。
ヤスダのすんげぇストラグルな生き様と、桃子の天真爛漫善人ダンス(ただし体調悪し)と、さかいの知的津波と。この3者のコラボであって舞踊舞踏プログレのコラボではない、わけです。3者をかろうじてつなぎとめるためにテキストはある、のかなあ。初年だけは本番までにどーやらものがたりをつないで行く形でやったけれども、以後テキストはあくまでネタであり本番に向けて解体して(見捨ててさえ)行くというスタイルになってきています。ちなみに第2回は民話、3回はツルゲーネフの初恋、そして今回のチュツオーラ。今回にいたっては原作がどういう話なんだか伝えようという意図は僕を含めて誰にもなく(笑)ごった煮上等でやりきりました。おもしろかった。だが、そこに、ある「スタイル」が見えてしまった・・・1964年以来のアングラ&暗黒舞踏のスタイルが見え隠れした・・・ことは、まだメンツ誰とも話し合ってはいないけれども、ちょっとした「悔い」になってるんじゃないのかなあ?アタシたちってもっと「やれる」んじゃないの?てこと。どうなんだろみんな。さればこそ異口同音に「来年は設定一切ナシでまっさらに始めなおそう」ていってるのではないだろうか。テキストなしから始める快感は、つまり裏返せば「解体の瞬間のために膨大なテキストを用意する」唐十郎への苛立ちと同じなのではないか。オハナシツムグナンテイサギヨクナイていうか。来年の桃安にたぶんテキスト解体のプロセスはないのではなかろうか、と現時点では思っています。
ストラグル安田のむっちゃストラグルな口吻はここで読まれたし:
http://meganefukurou.hp.infoseek.co.jp/newfile12.htm
裸団。
今回はおはなしと演技との距離がそんなに遠くなくて、あっさり目の印象でした。2年前の演劇祭初登場作品では、登場人物のひとり(てか主人公)がカセットテープだったために(笑)全員がテープの演技に間尺を合わせねばならないという自虐性が観客の圧倒的な支持を取りつけたのでした。曰く、
こんなことのために、あんなにカラダ鍛えてる!
てことね。今回フルメンバーでなくてちょっと残念だったけれども、それでもあの泥ぬた芝居は誰をも味方につけると思う。
こい。
「今ここにいることそのものの魅力」は男の子なら8歳、女の子なら14歳にピークを迎えるとかねがね思っていて、ほぼ20年ぶりに中学生芝居を組織することに成功したもんだから演出もなにもナシでただもうしゃべって、可能なら走って、ただもう舞台に乗っていてくれと。そういう芝居でした。戦法としては、もっとおナミダ頂戴にした方が効果的だったかなあ。対話なしの長ゼリ一本槍にしたために叙事性に傾きすぎたかも。妻には「長ゼリ芝居やってる限り、感心されても感動はされない」とキツイひとことをいただきやした。
では進めましょうか。 |
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2006年09月06日
12:46
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読んだよ。『開放フードはずしU』。
***************
(芝居の初っ端、学ラン学帽サングラスに釣り鐘マントの黒ずくめの少年。ノスタルジックな詩情と音楽。ハンドマイクにて語り出す。)
(しばし略…80年代初頭に自分が目撃した、日本アングラ演劇の退潮、その景色についてが語られる、やがて当時感じていたが言葉で捉えられなかったことを、いま敢えて記すなら)
アングラの精神とは
『我が身のうちの恥の一点のみを依り処に、世界を背負いこむ』ことなのだ
大事なのは絶叫でも裸体でも政治的課題でも重層構造でもない(そんなものは手法にすぎない)
細胞のそこ暗い深みから引きずりだしては舞台にブチまける「死」の思想こそがアングラの通奏低音なのだ
(中略)
いま、この状況を生き
世界を今一度記述せよ
わが身のよじれをもって!
**************
いままでで一番わかりやすく、響く言葉でした。 |
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2006年09月06日
13:59
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閑話休題。
「僕とアングラとの出会い」
竜の厖大な「次」がくるまで、ヒマな僕が書きましょう。
(別に厖大じゃなくてもいいよ。僕はそういう流かなと思っただけだし。小出しでも、それは後に回して全く別の視点からでも。)
僕は2000年に京都大学に入学し、演劇を始めました。高校までは10年間サッカーをしていたので、小劇場にふれたのもそこがほぼ初めてです。だいたい京都で演劇を始めた学生の大半も(高校演劇あがりとかでなく)そういう人が大半なのではないかと思います。
だから、ここではそういう2000年から演劇を始めた世代とアングラとの関係について、僕を例に書いてみたいと思います。
京都で学生演劇を初めて、まず知れる演劇系譜。
・野田秀樹・鴻上尚史・つかこうへい・キャラメルボックス
この四つが僕の時は大きかった。今なら大人計画も入るのでしょうな。学生劇団は既成の台本ならば上記のどれかが圧倒的に多かったし、今もそう。周りの劇団もこの流れのどこかに位置する芝居をしている劇団が多かった。
そしてちょっと踏み込めば、MONO・松田正隆・鈴江俊郎といった京都出身の会話劇系にもすぐ触れられた(今はその辺の組織が整備されてきたので、いきなりこの人たちに出会う機会の方が高いかも、もしくは二つに割れてる)。
京都の学生演劇人は、まずそういうものから演劇に入っていく人がとても多い(多かった)、と思う。
で、その中で出会う、いわゆるアングラといえば。
書店にある
・ 唐十郎のあの赤い「特権的肉体論」
・ 寺山修司の天井桟敷の写真集
・ たまに挟み込みで目にする大駱駝艦など舞踏のチラシ
なんですね。
で、・・・ひいた。とっつきづれーーと思った。
こういう人、多いと思う。
「ファッションとしてのアングラ」と「唐十郎の難解な言葉」に、まずひく。
これが京都学生演劇人とアングラとの基本的な出会い、な気がする。僕はそうでした。(笑) |
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2006年09月06日
15:13
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で、その認識がどう変わっていったかというとですね…
いくつかあると思うんですが、まず、
@好きな芝居を突き詰めていくとどうやらその底にはアングラがあるようだ。
これが一つ目。
僕はやっぱり野田秀樹、松尾スズキ、宮藤官九郎、シティボーイズ(その作・演出をやっていた三木聡)がすごいなと思って。で、その人たちが影響を受けたものや、それをさらに先までいっちゃってるものをあさっていくと、アングラにたどりつく。もしくは、そういう人たちの洗礼をくぐることで、「ファッションや手法」に惑わされずに、「本質としてのアングラ」に近づけるようになった。気がします。
Aいくらかなりともアングラ演劇を見た。
まず学生演劇でそれっぽいことをやっているのをいくつか。その後、紅テント・黒テント・新宿梁山泊をいくつか。そのほとんどは風化したものたちでしたが、新宿梁山泊「唐版
風の又三郎」を最前列かぶりつきで見たときに浴びた大久保鷹のツバは、自分の演劇人生にとって非常に重要なものであった気がします。
B他ジャンルからも、その奥にアングラが見え隠れした。
松本人志・つげ義春
僕の大学時代はこの二人にとにかく浸かっていた。
京都は学生街なので、レンタルビデオ屋が多く、それも一週間100円のビデオ屋が近くにあったので、松本人志モノに関してはとにかくよく見てた。
テレビの「ごっつ」ももちろんそういう傾向があったんだけど、それを突き詰めた「ビジュアルバム」とライブビデオ「寸止め海峡」は、まさしくアングラだと思う。見てないでしょ?見てください。彼が読んでるはずないけど、カフカ的世界です。
あと、
村上春樹・よしもとばなな・河合隼雄
など、ユング心理学の影響を受けた文学に傾倒したことも大きいかと思う。あれもカタチをかえたアングラだと僕は思います。「恥一点を依り処」にしているわけではないが、その「恥」の在処(ありか)、アングラ演劇人が言うところの、「子宮・胎内的なところを、はじめて意識的に、その中、その流れの中で生きている人間、自分ということを見つめて、文学・物語にした」という意味で、あれもやはりアングラの一形態だと僕は思うのです。
坂口安吾に出会ったことも大きかった。
二年前の秋、同じようにふらふらしていた時期があって、そんなとき徹夜で京都をサイクリングしてたら、たまたま京都駅の前に来たので、どこか行こうと思って、電車に乗りました。そのときに電車の中で読んだのが坂口安吾。で、けっきょく難波に辿り着き、ふらふらしてたらNGKを発見。吉本新喜劇を初めて生で観劇。
その日に読んだ坂口安吾、そのときに見た、中川家、中田カフス・ボタンの漫才、わけのわからないマジックショー、中国雑伎団、そして最後の吉本新喜劇(それをごった煮で一度にやってるのです!)、その一日がいまの僕の演劇の方向を決定づけたと言っても過言ではないです。
そうした洗礼を経て、また自分の役者体験・演劇体験が増えるにつれて、昔は本当にちんぷんかんぷんだった「特権的肉体論」の言葉が、ちゃんと理解できるようになってきたり、小沢昭一の「日本の放浪芸」(これ本当に最高です!)という写真集を本屋で発見し「これすごそう。7800円!・・・買っちゃえ!」ということがあったり、寺山修司の「田園に死す」を見て、すげえ!って思ったり、古本屋で「状況劇場全記録」という写真集が売られていて「ほしい。15000円!・・・・買っちゃえ!」ってことがあったりして、徐々に徐々にアングラに触れる機会が増え、
また自分が演劇をする動機が年とともに明瞭になるにつれ、どうやら演劇とは、役者とは、
『我が身のうちの恥の一点のみを依り処に、世界を背負いこむ』こと、
細胞のそこ暗い深みから引きずりだしては舞台にブチまけること、
いま、この状況を生き
世界を今一度記述せよ
わが身のよじれをもって!
このようなことがどうやら一番正しいあたりなんじゃないかと思うようになり、自分なりのアングラを突き詰めていこうという意識が育ち、いまにいたりました。
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2006年09月06日
15:31
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それで最後にですね、
そうやっていろんな角度から自分は徐々にアングラというものに近づき、また演劇をする動機というものが鍛えられていったので、多少思うところがあります。
それはつまり、
「『我が身のうちの恥の一点のみを依り処に、世界を背負いこむ』こと」
も手法にすぎないんじゃないかということなんですよ。
「普遍的なもの」「本質的なもの」はその先にあって、その領域に近接し、触れるために、アングラ演劇というのはその手法のみに特化して、命を賭けた、のだろうと。
そういう意味で、「普遍的なもの」「本質的なもの」に触れよう、近づこうとするのはあらゆる芸術に共通な根本的な命題であって、手法こそそれぞれで違えど、その最終的な目的地はそんなに変わらないのではないか。
だったらその意味で、人間を通して描かれる、ちっぽけじゃない「ブンガク」や「コント」は、やはりちっぽけじゃない底層の「エンゲキ」と、無限遠で交わってるんじゃないかと思うんですね。思ったわけです。思ってるわけです。最初に書いたように。
だから自分はまだまだ「ブンガク」も「コント」も棄てられずに「エンゲキ」をやっている。のです。
これは自分の特性上の問題かも知れない。
特化して一点突破で突き抜けるよりも、「世界」というN次元的多面体をいろいろな角度から見、触り、感じ、そして入っていく方が自分には合っている、と思ったから、そのような道を選んでいる。
どうなんでしょう。
それは「龍の目」を恐れている、自分の「恥」にすべてを寄せるのを恐れている、ともとれるし、そういう部分もある気はする。
どうなんでしょう。
・・・話、散らしちゃったね。失礼です。以上です。
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2006年09月06日
15:51
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>「『我が身のうちの恥の一点のみを依り処に、世界を背負いこむ』こと」
>も手法にすぎないんじゃないか
まあ、そういっても構わないでしょうね。
ただ、どこかでパーマネントな「方法」を選ばざるを得ないと僕は思うですよ。
その選ぶときの
「留保のなさ」
に人は惚れるのだろう。
美しい航海図を描いてみせたシガリョフに、ピョートルはいう、「でも、今の一歩をどう始めるかが言われていない。最初の一歩の踏み出し方は、僕にしか思いつけなかったんです」。
留保なく選んで、僕は今のオンボロ芝居の「方法」に飛び込んだのさ。ずっとこれで行くのさ。ワケはまぁのちほどネ。 |
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2006年09月06日
15:58
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あ、そうだ。紅黒両テントおよび脱退組の梁山泊。これは謂わば「演劇史に載る」、アングラ内での「メジャー系劇団」です。特に黒は(見てお分かりかと思いますが)インチキです。ホントの本物、本気のウゾームゾー芝居を見たいならば
どくんご
発見の会
野戦之月(旧・風の旅団)
の3劇団でしょう。実に明快なガイドラインとなってあなたを撃つこと請け合いさ。 |
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2006年09月07日
00:38
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| 横からすみませんが、どくんごは確かにかなり面白かったです。 |
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2006年09月07日
01:33
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タカハシくんだ。僕の友だちです。
どくんごは僕も去年、宮代で見たけどね。
竜曰く「もっとすごい」だったので、もっと本心期待してます。次、ぜひ見ます。
でも、どいのさんのブログは本当に面白いなーと思います。すばらしい目の持ち主だなーと。
確か去年拝見したときは、役者さんたちとはかけ離れた知的で物静かな風貌の方だったのを覚えてます。そしてああいう人があんな芝居を演出してるギャップがすごいなーと思ったのでした。
(終わったあとは役者さんたちも知的に見えましたが) |
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2006年09月07日
01:51
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で、ちょっと戻します。
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「どこかでパーマネントな「方法」を選ばざるを得ない」
その選ぶときの
「留保のなさ」
に人は惚れるのだろう。
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わかる!!
そうなんだよねー。そうなんだ。そうなんだよな。
そこなんですわ。
「ワンピース」とか読んでいつも泣かされるのもそこだ。
僕、留保しちゃう人なんだな。
いや、「留保なく」歩みたいという強い願望を持ちながら、ようやくその三歩目くらいまでは踏み出した気がするんだけど、まだまだ戻れるところでウロウロしてる。
まさにそこだ。自分。
竜が「飛び込んだ」のは何歳のとき? |
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2006年09月07日
02:49
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・・・イヤ、お恥ずかしいのだが僕はアホなので初めッからです(めんどくさくて留保とかしたことないんす・・・)。
初めて芝居らしい芝居見たときだから・・・中3かな。 |
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2006年09月14日
16:29
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2006年09月16日
19:06
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はい。行きましょう!
が、若干言い残したことがある気がするので、いま書いちゃおう。
「パーマネントな手法に飛び込む」「留保のなさ」
については、その後もいろいろ考えてはいたんだ。
僕は「アングラ」という手法に飛び込むには、まだ留保がある。それだけじゃないような気がするから。視野を狭める気がするから。
しかし「エンゲキ」を手法と言ってしまうのであれば、「エンゲキ」に飛び込んだ際の「留保のなさ」については、だいぶ自信を持って、飛び込んだった、と言える気がする。もうこれは直観。その直観に向かって今も演劇をしているし、それが次第に言語化でき、身体化できるようになってきただけだ。だから劇団はコロコロ変えたし、やっていることもコロコロ変わったけど、向かう先は最初に飛び込んだ直観から変わってなくって、そのために細かい手法が横にスライドしていった、そうせよ、と直観が言っていた。だから大きな仲違いもせずにその後も関係は続いていて。そして、いま、ようやく腰を落ち着けて、直観の向かう側の「エンゲキ」に対して、10代から20代前半とはちょっと違った呼吸で、向き合っている自分がいる。
僕のパーマネントな手法「エンゲキ」は「アングラ」だけではない。少し、分解してみましょう。
@放浪芸・・・演芸・・・アングラ・・・語り口調・文体・・・ファッション・・・入り口・・・到達点・・・出口・・・去っていく
Aドラマ・・・関係・・・人と人の関係・・・その変容
Bコント・・・物語・・・設定・・・構造・・・世界のカタチ
大きく分けるとこの三つでしょうか。
わかるかな。わかるよね。
AとBは「エンゲキ」だけじゃなく、すべての分野に共通の土壌で、「エンゲキ」は@を入り口に、A・Bの姿を透かし、漂った物語はやがて@・A・Bをすべて振動させ、沸騰させ、蒸発し、ある時はそのまま消え、ある時は、また@になったりAになったりBになったりして、最終的には@として去っていく。
この三つが微妙な融点・沸点で移行・交錯しながら、漂ってい、沸騰する、蒸発、消える、また現れる、漂う、流れていく、のが僕の理想とする芝居のようです。
竜は別役実のような芝居はどう思ってるの?
あれはアングラ?
うーん。やっぱり僕が質問していこうかな〜。
僕がいたニットキャップシアターという劇団は公演の2ヶ月前には必ず台本があり、完成された台本をみっちり2ヶ月間稽古する、という京都でも希有な劇団だったわけです。そこでは当然テキストを大事にしていたわけで、僕はそこでテキストを氷山の一角として厖大な海面下の氷を掘り出す、もしくはそれを客に予感させることが出来る、のを見た。
テキストはただ覚えて唱えるもんじゃないって思った。「台本」というのは古来より一種の「設計図」であったと思うのだけど、「設計図」から「建築」できる人が初めて「破壊」をする権利があるのであって、まずは「建築」、これが基本、それは一つの「エンゲキ」の可能性であり、これを捨てるのはいかがなもんだろう。
というかアングラがとっつきづらいのは、ここ、が一番大きくて。
「捨て」すぎたんじゃないですか。「破壊」しすぎたんじゃないですか。そのうち「ナニ」を捨てていたか、「ナニ」を破壊していたか、やっている方も、見ている方も、わからなくなったんじゃないですか。
「壊す」ものがわからなくなったら、もう一度「建て」るべきなんじゃないですか。「ナニ」が建っていたか、「ナニ」を壊していたか、立ち止まってもよかったんじゃないですか。
あらかじめ「建てられ」「破壊され」、それすら「形骸化」し、その流れを受け継ぎつつ、それももう流れというものですらなくって、それでも有象無象が自分自身のカタチをつかめないままにそれでも動いて変容し消えていくところで、「エンゲキ」に飛び込んだ世代より。
それでも「破壊」なんでしょうか。 |
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2006年09月16日
19:15
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質問@
・竜のエンゲキ人生の略年譜を書いて下さい。
観劇体験で重要であったもの
影響を受けた人たち・そうではなくなった人たち
参加した公演の主なもの(数だけでも)
書いた作品(数・賞とか受賞してたらそれも)
主催した劇団・集団・公演・演劇祭
プラスして十代からの竜の動きが知りたい。
僕、実は、ほとんど知らない。
「辺境」のこととか知りたい。
それが何歳の何月だったのか。
いつ結婚したのか。いつレキが生まれたのか。
いつから宮代に住んでいるのか。
知りたいです。
本当に略年譜・箇条書きでいいのでおしえてください。
なるべく客観的+一言思い出エピソード、とかがいい。 |
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2006年09月16日
19:18
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質問@の前にした質問、にある程度簡潔に答えられそうならまずそっちを、そのあとで質問@を、そして、余力アリなら(「そろそろ行く」つもりだった)Bを、の順番で答えていってもらえますでしょうか。
わがままですんまそん。 |
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2006年09月16日
19:32
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| あ、でも最初の質問(三つ前のやつ)とBが、ひとまとめに言えそうなのであれば、それでもよかです。 |
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2006年09月17日
15:14
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略年譜ね。自分のことに興味がないので初めての試みです(苦笑
・始めたのは1970年10月7日。4歳の時です。以後、旅行中をのぞけば一度も演劇から撤退したことはない。今年の秋で36年になります。
・とはいえ初めの頃は親がやらせてたんであって、自覚的に踏み込んだのは中三の時にa)「ゴドー」読んだ、その前に「変身」読んだ。b)唐十郎「秘密の花園」見た。のがきっかけです。
・高一の時に、おもに中三の時の同級生と別れがたかったのが理由でガリ版刷りの文芸同人誌を作る。3年間で5号まで出した。印刷デビュー作は短編少年小説「鳥伝説」(高橋留美子「ピーピング・トム」の影響顕著)だったがすぐに戯曲に転向し「鳥は飛んでいるか」「闇に耳すます者たちよ」「百万年のカップヌードル」を掲載。
・一方高一の時には、町の中学校演劇部の合同公演を企画。ところが乗ってきた2校がよりによって同じ台本(渡辺茂「人形館」)を選んだために「公演」がなんとなく「発表会」の雰囲気になってきて、やむなく自前で1本用意したのが劇団作り事始め。劇団エノラ・ゲイの名で(苦笑)福田巧作「ガム」(「十代」初年号に掲載)を上演。
・高校3年間はほぼひたすら書き、3年からは上演にかまける。写真部長となり暗室を劇場に改装、授業は出席だけとられて退出しひたすら書いて稽古して上演を繰り返す。散逸した作品も多いが再生「劇単エノラ」の名で上演までこぎ着けたのが17公演ありうち5本くらいが自作。以下はいちおう完成稿までいった作品。ほかに太宰とか井伏とか狂言とかやった。
バス停(?タイトル忘れた。初めての作品。未上演)
夜、太陽は北を往く 初期型(未上演)
鳥を見た(未上演)
あしたのジョー(未上演)
夜、太陽は北を往く 後期型(未上演)
オアシス物語(外部演劇部が公演)
鳥は飛んでいるか――あの、黄昏の山手線殺人事件
闇に耳すます者たちよ
百万年のカップヌードル
おばけ煙突は生きている(印刷)
ライトスタッフ
闇に耳すます者たちよ
U
月光凍てつく(印刷)
世界のどこかでキリンが燃える(印刷)
・卒業後、渋谷で芸プロにライター見習いで入る(使い物にならなくて5ヶ月でクビ)。再々生「劇単エノラ」は新卒の年の8月にさかいとふたりで自宅で第1回「鳥は飛んでいます」の公演。オンシアター自由劇場の脱退組「東京壱組」の旗揚げに参加し、高田馬場で浮浪者をやりつつ翌年春の公演までつきあう。併行して「ライトスタッフ」再演、「DOLL」(如月小春作)および「ハリーを待ちながら」の東京公演の主宰、舞踏「無名の身体がジャズる」(@青砥自在劇場)への出演など。
・1986年初夏、東京壱組と決別、田舎に戻って劇団に集中。約1年半突っ走る。上演作は外部上演も含めて以下の通り。ほとんど町内での活動だったが鹿児島の離島に押しかけて1回、足利の市民祭に招かれて1回の出張経験あり。
鳥は飛んでいます
ウェイティングフォウハリー
坂の途中に佇つ男
スタンフォレー伯爵の水滴(演劇実験室「万有引力」による共同台本)
二十歳の原点 竜版
星の町の天使
ダイナマイト
真昼色の方舟――イエスの方舟事件の私見的展開
キロロ、森の樹々(印刷)
恐竜
ライトスタッフ'86
くちびるNetwork
何てったってアイドル(印刷)
万延元年のハウスマヌカン
虫の時
黄金バット望郷予告篇
極東チョコレート盗賊団
セーラー服少女惨殺めるへん
アーノルド危機一発(外部上演)
・町のPTAの突き上げに負けて劇団崩壊。女の子ばっかりでハーレム化した(笑)。時に21歳、団員約30名。以後沈潜。
・21〜23歳はひたすら文学読む。1度目の読書会はこのとき始めた。第1回は幸田露伴「五重塔」。金貯めてインドに逃走。以後トランジット含めて辺境30カ国を行ったり来たりが20代末まで続く。
・23歳、初めの旅行(半年)より帰国後いよいよ町にいられなくなり上京、ゴミ屋をやりながら上野のアパートで梁山泊を企図。社会派の読書会を立ち上げ15回続く。この3年間にアパートの6畳を訪れた人はのべ2000人を超える。
・27歳で結婚、亀有と荻窪に転居。このころ芝居をしていない自分にナーバスになり最後は自暴自棄で物投げたりあらぬ事を口走ったり行方不明になったり。アル中でもあった。歌舞伎町の荒んだ環境で水商売。社会勉強としては浮浪者体験とともに良かった(当時はそれどころじゃない!)。
・29歳、東京撤退。住み飽きた。二度と住まないであろう。宮代町に家買って定着。1ヶ月半のトルコ旅行(旧婚旅行)と子作り旅行(歴の着床した日に旅行先の岩手で玄武洞が崩壊、観光地としての生命は終わりました)、半年間の山口転地を経て、出産のすぐあとから「町の子ども劇団」設立に向けて動く。転居後すぐ書いた「ハメルンのうわさ」がコンテストでトップ当選して50万つかみ再デビューの自信に裏付けがついて重宝した。2000年に中学校の授業で「ハメルン」が取り上げられたのをきっかけに演出も再開、翌年「どんぐりと山猫」で自前劇団設立し今に至る。さらに翌年「平原演劇祭」初めこれも今に至る。戯曲の受賞はたしか5回くらい(忘れた)。
こんなとこです。フヒーしんどい。未来のこと話しましょう! |
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2006年09月17日
15:36
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んで、その前のカキコについて。
まず「捨てすぎた」ことについては仰有るとおり。俳優の復権が旗印であった以上、テキストの権利を剥奪することは当然だったわけです。流山児なんか今はおとなしいいい人ですが当時はゲバ棒もって他人の公演会場に殴り込んで観客もろともぶん殴るようなバカでした。忘れちゃいけないと思うんだが、芝居もそういう偏狭なセクト主義をくぐり抜けたアホたちの屍の上に、現在の安定を築いているわけさ。僕たちが築いたわけじゃないんさ。
新劇のもっとも大きな成果は「出版」でした(演技じゃなく!)。日本はこの沈滞の時代にあってもなお世界でもっともコンスタントに戯曲が出版されている国だし、シナリオを書かれた「戯曲」と上演される「台本」に分けて考える哲学があるのも日本だけです。その成果をアングラは無視した。結果、彼らのやったことが「モノ」として後進に伝達されなかった。アングラの一番の過誤はここにあった。
というわけで、問題は自分に戻ってくるわけです。
弱いところに突っ込んでいても仕方ないんで。「ものすごいテキストで」「ものすごい演出を」するのが今後のアングラの征く道だと思いますね。僕は演出の方は能力ないんでみんなに任せますが台本の方はオレに任せてくれてヨシ!ていうかオレと台本で張り合うなよ実力的にムダだから位に考えてますハイ。
「壊す」「建てる」に関しては僕は台本と上演とでは別の取り組みをしてます。台本で演劇解体はしないね。台本は悪いがホメロス的に完成させますよ。才能のほとんどはそこにしか機能させられないんでね。そのかわり上演の時に(自分のであっても)「台本を」解体しましょう。このことについての才能が自分にあるとはとても思えないんだけど、それでも僕を遙かに遙かに凌駕して脱構築する気高い演出家が見あたらないのはどういうわけだろう????オレじゃ役不足なんだけどなぁ…。 |
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2006年09月17日
15:42
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もう一言。「壊すものが分からない」なんてのは甘えなんであってね。最後はどこまでの理想を持ってるか、に帰着するんであって、破壊自体が目的になっちゃうような近眼の人はどうせ早晩脱落するんだから相手にしなくていいです。再構築する世界のイメージも日程もほぼ100パーセントできている、その共通のスタートラインがあってこその「運動」であり「破壊」なんだよ。そこまで進んどかないとだって、
喜劇にたどり着けない
と、思うんだよね。どうよ。 |
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2006年09月18日
02:35
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あと再デビュー1999年以降の以後の台本は以下の19本(●は未上演)
ハメルンのうわさ
〈土神と狐〉考 ●
フラスコ太陽 ●(次回上演作)
おじや☆ダンス ●
ざりがに盛衰記
めだかクラブ ●
神曲 ●
とんくらみ ●
風のからだ ●
こい。
イオの月
川
紅葉野
はなうたのエレクトラ
クリーナおばさん カミナリおばさん
かってにしやがれ
イエーツ原作「憑依文字」 ●
開放フードはずしU
しじみSF
そのほか余興用台本とか翻訳とかジョジョ劇とかです。 |
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2006年09月18日
04:13
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おもしろい!
僕、好きな作家や芸人の略年譜見るの、好き。
作品の創作された順番とかを見て、その人の継続的な営為を、勝手な線で結んで想像するのが好きなんだわ。この前の読書会のようにね。
知らなかったことだらけでした。
竜は、
ずっと前から知ってるんだけど常に不在のひと
だったから。 |
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2006年09月18日
04:31
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都合の悪いことは書いてません(爆
>ずっと前から知ってるんだけど常に不在のひと
イヤ、あんたもだ(笑
こちらは年上だからやや有利だったかも知らんがね。 |
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2006年09月18日
04:58
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<少し説明しましょうーー僕と竜の関係>
「ものがたり文化の会」という詩人の谷川雁さんの指導のもと発足した会があります。
http://www3.big.or.jp/~monobun/index.html
ごくごく簡単にいうと、宮沢賢治の童話を身体表現する会です。主に3パートにわかれ、言葉をしゃべる人、動きを表現する人、効果をつくる人、で童話の世界を体現します。大人から子どもまでが一緒になってそれをつくります。それで遊びます。それを「人体交響劇」とよんでいます。
活動主体は地域グループで、全国にたくさんの「パーティ」があります。
竜の母親は取手でそのパーティのリーダー(テューター)をやっていました。僕の母はそこに参加していました。竜がいました。さかいくんもいました。僕が生まれました。
そしてみんなで遊び、活動していたのです。
しかし竜は上の年譜の通り(笑)、基本的に不在の人で、でも高野パーティの活動場所が高野家だったため、僕にとって
いるんだけどいない人
だったんだな。
(タシカニ自分の年譜作りはシンドイ)
(京都の人にこれ説明したことないの、ほとんど)
(だから書く)
・僕は小学生の終わりころに高野パーティを抜ける。
・小学校3年より高校3年夏までずっとサッカーをやる。
・高校生の時、たまたま自分のいた高校が文化祭のクラス発表で3年になるとほとんどのクラスが演劇をやる伝統のある高校で、高2のとき「12人の優しい日本人」を企画・演出・出演、高3のとき鴻上尚史(…ふふふ)「ハッシャバイ」に出演。ぜんぜん別のところで、エンゲキっておもしろい!て思う。
・2000年、大学入学。京都一人暮らし始まる。
・サッカーサークルに入るつもりだったが、スパイクの購入に手間取り時期を逃し、見学したとこはどれもぱっとせず、どうしようかと思ってたとき高校文化祭の記憶が蘇り、演劇をやろうと決意。
・6月、劇団衛星に入団。そして7月くらいには、「ずっとエンゲキやっていこう」と思うようになってた。
・2001年3月、ニットキャップシアターの公演に客演。誘われる。入る。しばらく二つ掛け持ちで活動。
・2002年7月、劇団衛星退団。ニットキャップ一本に。
・2002年10月、同年代と企画してた公演がぽしゃり、どうしようかと思っているとき、たまたま同じ劇団で同年代だった安田・門脇・筒井を誘い、翌年2月に公演を企画。
ベビー・ピー発足。
・2003年2月『鈍色ナンセンス』上演。
・その後、その年はどっぷり4本ニットキャップの公演をやる。夏の公演でエキストラ出演した首藤慎二と知り合う。翌年、一緒にやらないかと誘う。
・2004年5月『僕は模造人間』(島田雅彦:原作)
・ 7月『マカロニマーチ』ー首藤初出演
・この年の夏に初めて引き籠もる。ニットキャップから休みをもらう。いろいろ考える。退団を決意。
・2004年11月『鈍色ナンセンス』東京公演
☆竜と再会する!→平原演劇祭に誘われる。
この辺で、首藤慎二がなんとなくメンバーに加わる。
・2005年7月『サマーモザイク』
12月『茶色い絵本』
・2006年6月『月を食べる』
8月『みんなボブーールックス最高!』
→平原演劇祭出演!竜、さかいくんと再会!
ミクシィで、またヘンテコな関係が始まる。
以上!!!!!!しんどい〜。
補足。
僕が高野パーティ、「ものがたり文化の会」を抜けたのは、それよりもサッカーが楽しくなったのと、普通に同年代の友だちと遊んでいたかった、でもその友だちに自分のやってることをよく説明できなくて、自分でもようわからなくなって、やめた。僕の母はその後も活動を続け、今は根本パーティをやっています。妹も基本ずっと続けている。
そして僕は今、僕が胎児の頃から小学校時代までやってたことたち、そこで吸っていた空気たちに、全然別の所から始めた演劇を通じて、あらためて再会しているのです。あーーおれはエンゲキやっていたのだなーって。あれがいまの自分をつくっていたんだなーって。 |
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2006年09月18日
05:15
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質問A
しんどいとこ終わったので、次いきましょう。
あの、大変に、今更なんですが、
「脱構築」(ディスコンストラクト?)
という言葉が(京都大学なんかそれこそこの言葉で溢れてるんですが)いまいちピンと理解できたことがなくって、、
あと、
「テキスト破壊」
「台本を解体する」
とかも、わかりそうで、わかったのか??みたいなところあるので、特に僕の後ろから覗いている人たちにも向けて、ついでなのでここで詳しく解説していただけないでしょうか。
「構築」「解体」「破壊」「再構築」
あたりをひとつなぎに。あと、
「俳優の復権」「テキストの権利の剥奪」
これはだいたいわかる。ただ、本当は、
「俳優とテキストの共謀」
なんだと思うんですけど、その辺はどうなんでしょう。
上の説明と絡めて、お願いします。。m(_
_)m
・・・勉強不足ですいません。 |
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2006年09月18日
06:11
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????
まず「俳優とテキストの共謀」ですが、そんなことやれてる演劇人がいるのか?てことです。皆無だね。できてるように見える場合はまず間違いなくテキストの方で迎合してるわけさ。頑強なものがたりが必要ですねこれからしばらくの時代。
もとがぶっ壊れてる時に脱構築もへったくれもないわけで、壊れる前を知ってる世代にしか使えない単語かもね。んでポストモダンの何たるかなんつーことはええかげん僕らなんかもう分かっちゃってるんで平気でうかつに使ってます。 |
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2006年09月18日
09:17
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すまん、書き込みしとかないと更新されたかどうか分からないので、1回書き込みます。
それにしても作家というのはよく喋るね(笑)。
ちなみに桃子はアングラとは無縁。
さかいとヤスダはアングラに憧れて演劇始めたので、手法としては知っているが、別段桃安では知っていることをやりたいわけじゃない。
僕とヤスダがいた劇団の座長がク・ナウカを結成するために劇団を事実上の解体に追い込んだ時、僕もヤスダも、売り物にするための手法・コンセプトのいかがわしさと脆弱性については思い知っている。
メジャーになりたいとか、思った時点で小さくまとまってるのよ、思考が。
だから手法にこだわるのではなく、もっと原初的な衝動に迫りたいのだと思う。
それをやるためには、舞台上で一人一人が、がけっぷちに追いやられた「個」として立っている、という風にありたいと、僕は思っているし、桃子もヤスダも、言葉では言わなくても、実体としてそうなっていると思う。
つるんだり頼ったりするわけじゃなく、個人商店の商店主が集まってやってる村芝居なあたりが、桃安をやってて面白い部分なんだよね。多分。 |
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2006年09月18日
09:22
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来年はまたその原初的な衝動に立ち還るために、僕が好き勝手に曲を書き、ヤスダの座長経験から来る演出感覚を頼りに、テキストなしで、微かに物語が滲むレベルに挑むでしょう。
無調音楽に取り組んでいた時代、シェーンベルクはテキストなしでは長い曲が書けなくなった。
弟子のヴェーベルンに至っては、1分以上の曲が書けなくなった(笑)。
ヤスダも桃子も、物語があると、その物語にまず縛られてしまい、そこから脱出しようと身体化を図る。
この過程が、いい加減うざいので、身体から発して、その後に物語、という順番だろうな、次回は。
ささ、どうぞ先を続けて下さい。 |
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2006年09月18日
11:40
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寡黙でありたいと思っております(笑
コースケとヨクナがやたら質問浴びせ売りなんだよーん。
世代か。世代なのか? |
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2006年09月18日
13:02
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同じく寡黙でありたいと思うこともあります(笑
作品作ってるときは、こういう面では寡黙、だと思う(ウソ?)
上に関しては「共通言語」がわからないと討論が進まないと思ったの。
もう終いにする?
どういう討論がのぞましいと思ってたの?
また質問だけどさ。 |
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2006年09月18日
13:07
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2006年09月18日
13:17
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| 再構築ってのは芝居うんぬんじゃなくて、現代社会をどうするかってことでしょうね。国際資本主義が崩落したあとにどういう社会を立て直せばわりに幸せか、ということが考え抜かれていればそれでポストモダンの論議は終わるんだと思う。つまり哲学ではなく倫理学にならざるをえないのであり、かつ論じた人は倫理の実践家にならざるを得ないのであり。行動に訴えることなんかおそれない人間には少なくとも僕はなれたから、あとは淡々とやるばかり。何を?フフフそれは又おいおいね。 |
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2006年09月19日
05:06
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続けましょう。
??になってしまった「テキストと共謀」はあとまわし。
質問することについて、ちょっと書くわね。
一つ。
「異文化コミュニケーション」なのである、やはり。「世代」が違うのである。脱構築もポストモダンも、外国語ならぬ、外世代語、なのである。本を読む、という手もあるが、やはりその時代を生きて、その言葉をリアルに使っていた人(海外旅行でいうところの「その国の人」)に聞くのが一番はやいんじゃないだろうか、と思うです。
海外は行けるけど、過去には行けんのじゃ。
だから、質問させてよ〜。
それでわかった気になるしかない。
もちろんそれに加えて本・資料にあたるのがなおよろし。
と、思うのだが、いか?
余談だけど、
ときどきそれですごい母国の人を怒らせることがあるんだよね〜。触れてはいけないものに触れてしまったり、ガイドブックで知った知識で「日本人ゲイシャ」みたいなところに触れちゃうことが、気をつけてるんだけど、たまにある。僕のせいで相手が怒った、そういう感情を持ったのは、相手がたとえそれを口に出さなくても伝わるし、申し訳ないことしたと思っちゃうし、けっこう傷つく。
その辺って、30カ国を遍歴した竜さんからすると、なにかいいアドバイスってないかしら?異文化コミュニケーション。本当に、その場所を、その人たちを、知るために。
二つ目。
僕という人間がひとつのパズルだとして、それを完成させるためにどうしても必要なピースが幾つか見つからないでいる。その「足りないピース」を埋めたいがために、質問をしているのではない。「質問をして答を聞くことで、そのピースが埋まってパズルは完成する」と考えるほど短絡はしていない、と思う(いや、もちろんたまにはある。病気で医者に行くときとかはそうね…)。
じゃなくって、
僕はパズルに熱中している。気付くと隣にもパズルをやっている人がいる。のぞき込んでみると、僕のパズルと似ているようで、微妙に違う。やっぱり、その人も、何かいろいろ原因があって、パズルは完成していない。
「君はどんなパズルをやっているの?」
というような質問。これが二つ目。
もしくは、
「それより僕と踊りませんか?むふっふ〜ん♪」
という井上陽水的な動機(いや、これは冗談、手が滑った)
ちょっと例がちがうかしら。
でもそういうことな気がする。
竜は海外にずっと行っていたのは、なぜ?
僕は、このパズルの例のような理由だったんじゃないかと勝手に推測するのだけど、ちがうかな。
もっとアクティブな運動のためだったのかな? |
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2006年09月19日
14:21
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いや逃避でした(苦笑
農村と安宿と裏道と乗り合いバスと大衆食堂、および安酒。このくり返しをくり返した。いろんなとこで。目的は分かってなかったが大筋ではなんとなく間違ってないような気がした。逃避の果ての堕落の底にいるときには、底にいるなりの的確なうろつき方ってのがあるように思ってた。今から振り返って、何かを「し遂げた」というつもりはないけれども、20代を「一直線に堕落してのけた」という自負?はあるなぁ。そうしてそうまでやってもまだどうしても棄てきれないものがある、それがどうやら芝居で、とりわけ今やりつつあるスタイルの芝居だってところに10年かけて(正確には12年くらい・・・)戻ってきた。そういうことです。 |
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2006年09月19日
14:27
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| 自分を「完成しうるパズル」だとは僕は思ってません。もっと刹那的なスカスカの体とスカスカの意識とが、川の「瀞」みたいに淀んでいる・・・「個」とはそういう淀みみたいなもんではないかと。そんな程度の「個」がしかし川にとって何か益になる存在の仕方はできないかと考え企んでいる。・・・僕の思考とか悩みとかは、そういう質のもんです。現実問題として完成できない、ということではなく、論理的に完成は(完成に向かうベクトルも)ありえない、別にそれで平気さ、とどうやら思ってますね僕は。 |
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2006年09月19日
14:40
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>本当に、その場所を、その人たちを、知るために。
それはピンポイントにどこかに惚れていくしかないでしょう。異物として退けられるのはこりゃどうしようもない。でもでもそれでも惚れてるのさ、というありようがまず必要でしょうね(僕の場合わりと朝鮮ですね)。
ただ、飽きっぽかったらどうするか?という問題もある(笑)。横断的につまみ食いしていくことの方が性に合ってるということも大いにありうる(←オレだw)。その場合はもう単なる観光旅行者として開き直って表層をしっかり見るのがいいのでは。景観主義、というありようもあるさ。表層・景観といってあなどるなかれ。「僕の見たあの裏道」は、まだいかなる文学者も語っていないかもしれず、それを語ることでもしかして世はグッと良くならんともかぎらんじゃないの。そういう点景を僕はたくさんストックしてる。
「歴史劇」という発想にたどりついた自分は誉めてやっていいと思ってます。つまみ食いみたいなことだけでやれることって何だといったら、これが一番いいんじゃんやっぱ?歴史も劇も「すべてを語る」ものではなく「かいつまんで語る」ものですから、ここを推し進めて「かいつまんで世界を語りきっちまう」ことを目指せるようになったわけです僕はね。 |
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2006年09月19日
14:55
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あと念のため。ソシュールだの脱構築だのポストモダンだのにどっぷりだったのは僕よりもう少し年上の世代です。学生運動の斜陽と並べてポストモダンの失速をも見ていた、のが僕らの世代ですね。そしてその両者の「共通の弱さ」が顕わになるのを僕らは見ていた気がする。流れでいうと
「20代」と「都市」に固執するとろくなことはない
↓
どうやら「大学」って有効な場じゃないっぽい
↓
東京はもういいや
くらいかな。都市はこりごりです。 |
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2006年09月20日
00:07
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なるほど、なるほど。
僕も自分を「完成するパズル」だとは思ってないよ。
「パズルの足りないピースを補うために、短絡的に質問をしてるんじゃない」という例えで出しただけです。
仮に「パズル」だとしたら、完成することのないパズル。
カフカの小説もそんな感じじゃないかしら。必死で完成するはずのないパズルをやっている。主人公が一度も「なんで俺はパズルなんかやってるんだ」って我に返らない、メタ視線に立たずに、しかし読み人にはそれが見えてくるところがカフカのすごいところだと思う。余談ですが。
小島信夫の「抱擁家族」て小説読んだことある?
あれも、「家族」というパズルを必死で完成させるために、主人公が無茶苦茶なことをひたすらやるっていう話。
「パズル」って考えは出てきたのは、今年の春、江藤淳の「成熟と喪失」を読みながら、そこに出てくる小説たちを読んでいたときで、「抱擁家族」はその最たる例だったんですな。
だから僕も「パズルが完成する」とは思ってないけど、
物語は、足りないピースを埋めるために登場人物たちが
間違ったピースをひたすら埋めていく運動。
という面はあるだろうと。
ピタゴラスイッチ♪(知ってる?)みたいなものだろうと。
シェイクスピアの芝居なんてのは、まさにその最たる例なんじゃないかなーと思うのよ。悲劇も喜劇も。
あとニール・サイモンとか三谷幸喜とか。
ま、それだけがすべてじゃもちろんないだろうけど、そんな風に思ったから「パズル」という言葉が出てきました。
でも、僕もパズルは完成するなんて思ってないし、そんなベクトルで(物語はともかく)自分の人生は動かしていないから、「瀞」は大変いいイメージだと思ったです。
でね、
個がそういう「瀞」だとて、なんかそういうモノに出くわしてしまったら、やはりその奥を覗いてみたい衝動って生まれない?
「こんな場所で、なぜ、このような瀞が生じたのだ?」
「いったいこの瀞はどんなカタチ・シツをしているのだろう?」
って思わない??(しつこいようだけど)
だから質問、しちゃうんだよな〜。 |
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2006年09月20日
00:16
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そいで、
大きい意味でのポストモダン・脱構築・再構築のあたりは確認できました。OKです。
次は、もう少し距離を縮めたところで、異文化コミュニケーションとしての質問させてください。
「テキスト破壊」
「台本を解体する」
「脱構築」(芝居の演出上での)
がやっぱり、「特権的肉体」という言葉を初めて聞いたときくらい若干?があります。もちろんこの討論の流れで漠然と葉はつかめてはいるんだけど、も少し、も少し、よくつかみきれてないので、解説していただけないでしょうか。
それわかったら、僕が「テキストと共謀」って言ったあたりを言うです。 |
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2006年09月20日
02:43
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イヤ、「瀞」自体は覗きたいと思わないんです僕は、「川ぜんたい」を見極めたいとは思います。カントは「考えるべきことは自分・社会・神の3つである」といいましたがね、その分け方でいくと僕ってほんと「個」をないがしろにする人間だなぁ。どうでもいいんだ個は、自分だろうが他人だろうが。
瀞は瀞であるだけで充分快感だなぁ。 |
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2006年09月20日
02:53
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あと、ああ・・・そうか、何が分からないのか分かったかも。
テキスト解体についてですが、かつてのアングラの劇団が「自前のテキストを」解体していった、という作業は実は少なかったと思います。寺山はちょっとやってたけど、作為が目に付いてむしろつまんなかったかな。
彼らのいうテキスト解体というのは主に、テキスト主義である新劇の(スタニスラフスキーとかベンヤミンの)メソッドはもう使わない、ということだったと思います。
ところが、そこで彼らが持ち出してきたテキスト(自前の)は、実はもうはじめからぐちゃぐちゃのものだったわけで、それは敢えて壊すほどの必要のない、すでに壊れたもんでした。
20世紀の初めにメイエルホリトが「ビオメハニカ」というメソッドを作った時には、古いテキストをそのまま使いつつラストシーンまでにぶち壊してのける、という演出にしたもんですが(これはそのうち舞台写真を見せましょう)、その段階を日本のアングラは短兵急に跳び越してしまったわけですね。
これで答えたことになってるかな?? |
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2006年09月20日
06:48
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う〜ん。
Q1.
<前述>
台本は悪いがホメロス的に完成させますよ。そのかわり上演の時に(自分のであっても)「台本を」解体しましょう。
→その上演のときの「解体」するとはどういうことなのか。
→それは(例えば)どんなプロセスになるのでしょうか。
Q2.
<前述>
「俳優とテキストの共謀」ですが、そんなことやれてる演劇人がいるのか?てことです。皆無だね。できてるように見える場合はまず間違いなくテキストの方で迎合してるわけさ。頑強なものがたりが必要ですねこれからしばらくの時代。
→これがどう無理なのか。
→そして「テキストの方で迎合」ってのは?
→なぜ「頑強な物語が必要」になるのでしょうか。
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2006年09月20日
13:38
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A1.
台本どおりに演出しないということです(笑)。できもせずやりたくもなく。
出版された「ハメルン」と全集1巻の「ハメルン」では登場人物が倍になっています。中学校の総勢31名のクラスで上演しようとしたために作ったレジ台本(の1稿)だからです。そしてレジ第5稿(3巻に入っている「予告編」てやつ)では上演時間を35分にまで切り詰め、エロと血みどろとカタストロフ(つまり一番の山場群)をすべてカット、ギリシア悲劇風だったはずのを学園ラブコメに!書き換えました。それが役者たちの身体性に合ってたから。
また、先の「しじみSF」では、ラストシーンを上演しませんでした。それによってお話は伝わらなくなるのだが(当たり前)お話の奥底にある「世界の気迫」みたいなものを体現することを女優たちには要求しました。もう演技なんてしなくていい、酔っ払うシーンでは本当に酔っ払えとw。うら若い素人の女優が舞台上でみるみる泥酔していくさまは端的に演劇解体ではありんした。
自作を一字一句変えずに上演する、ということは一昨年の「はなうたのエレクトラ」で生涯初めて試みたんですが、評判はよく出来もなかなか良かったにもかかわらず、この形式をくり返したい、とはてんで思わなかったですね。向いてないんだね。 |
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2006年09月20日
13:55
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A2.
アングラの旗印が「俳優の身体性の復権」であったために、テキストはその目標に合致する範囲で存在を許されたわけです、一時期ね。だからお話自体のモノスゴサはあんまり重要視されなかった。唐みたいに個性的にお話をつむいでいける数名はいたけれども、それでも徹底的に当て書きですね唐も。
本来は戯曲は当て書きじゃない方がいいと思うんだ。俳優から独立して作家の世界観、作家のフェティシズムだけを拠りどころに世界を全体記述してゆくものであるべきだと思うんだ。俳優なんざ居らなくともオレひとりの筆力でなんとかするさ、という気概は最低限必要だと思うんだ。その上で、度量があればガルシア・マルケスに迫るような一大絵巻も書けようというもの。僕の作でいえばたとえばこないだの「こい。」なんかはオスカー・ワイルドとサン・テグジュペリを下敷きにしてるわけだけれども、ふたりとも大作の人ではないが乗り越えるのはそれなりにシンドイ作業です。王子を「悪人」と位置づけ、あるいは夜間航路のルートをパタゴニアからペルシアにずらしてくることで原作のスケールを凌駕しようという実験でした。おなじく「神曲」はダンテの地獄観を、「かってにしやがれ」はシェイクスピアの森林喜劇思想を、「とんくらみ」は泉鏡花の語彙力を・・・それぞれ相手取って打ち負かそうとして書いている。一文字も書き換えなくていいところまで推敲を進めて絵巻物を完成させる。
「そして、それを棄てるのだ」(ブレヒト「バーデン教育劇」)
そこから先が、演劇の作業です。さらに乗り越えていくこと。乗り越えることの困難さのためにこそ、戯曲はモノスゴク、かつ完成されていなければならない、と思います。そうでないと「戯曲のせいで役者がヘタレる」ことになるぞ、と僕は思う。どうでしょうね。
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2006年09月20日
14:50
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な〜る〜ほ〜ど〜〜。
非常にとってもよくわかった。
ねばったかいがありってもんです。
なーるーほーどーーーーーー。
これ以上なにも聞く必要がなくなってしまった。
あとは自分でやるのみですもんな。
巨大なことば、いただきやした。 |
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2006年09月20日
15:21
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お?終わった?どういたまして♪
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「僕が何をやりたいのか」はいわずじまいねフフフ(独り言・・・) |
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2006年09月20日
17:22
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それ最後にやって終わりにしましょう!!(笑)
聞きた〜〜〜い!! |
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2006年09月20日
18:21
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くり返しにもなりますが。行きましょう。
現在の安穏とした幸福が終わるときはどういう風に終わるかというと、それは往年のコミュニストには意外かもしれないが、恐慌(超インフレ)によっては終わらないのだ。1992年に僕はザイールにいて超インフレ(3日で貨幣価値が半分くらいに!)を体験しましたが、それでも崩壊するのは「通貨」であって民間はきわめてスムーズに勝手にバーター経済に移行しw、伝統社会が揺らいだ、という印象を与えることはなかった。国際資本主義はいずれ終わろうけれども、それは僕らにとって決定的なカタストロフにはならないと思う。
決定的なのは中国の人口爆発・人口流出のはずです。中国の生産力は中国人を食わせられるのか?50年後も150年後も食わせられるのか?イエスと答える人はいるまい。周辺国に負荷がかかってくるのは間違いのないところ。軍事的に来るかどうかは問題じゃない、5代も下れば僕らの子孫は自らの土地にいながら外来者のために自らが難民同然となっているに違いないのだ。ちょいと踏ん張り損ねると近代国家の一員であることすら覚束ないぞ、と思ってます。朝鮮・ベトナム・チベット・ウイグル。これらが200年も経ってみい、どうよ、「ある」と思いますか。日本もよ。あるかな?怪しいもんだぞ。
・・・という時代背景のもと、文化が廃れ言語が滅びなんとし貧困とともにえらくスクエアな中国式の生活習慣が覆いかぶさって来・・・、という、まあ「絶望」っすよね、加えてかなりの確率で内戦も起きているだろう、そういう絶望に対して僕は今の時点で何がしておけるか、今のうちから何を準備しておけばその絶望が緩和できるのか、ということだけを考えているわけです。
おそらく異文化交流を本当の確かな意味で成立させるファクターは、100年後でも200年後でもやっぱり、「食」と「芸能」だろう。そして担い手としての「子ども」。そうしてスペースとしての「屋外」。それらをすべて取り込んだ生活を今からしておくこと、そういう生活が当たり前だと感じて育つ子どもを増やしていくこと、増やしていくシステムを社会にゆっくり普及させていくこと。これは必ず力になる、と考えております。これがいま行動中の「みやしろ演劇パーティ&平原演劇祭&戯曲図書館」の基本理念ですね。
僕はNPOとかには関わらないしピースボートとかは百害無益だから沈んでしまえくらいに思っており、何でそう思うかってえとクソまじめにやったって世の中は良くならんのよ。シャカリキ活動してる人には悪いけど、理想自体が低い気すらしてきちゃう。あくまでも、何が何でも、理想ってのは
「遊び」として実現していかにゃ成立しないものなんだ!
だから僕はうちの劇団の子どもらに僕が何のためにキミらと芝居してるのかなんていっぺんも話したことないし、父母にすら話したことはない(だからココでもいい渋ってたわけね)。そんなことことばでいっちゃったらもう、かた苦しくて理念に縛られちゃって早晩失速しますよ。劇団の寿命ってのはだいたい創立20年くらいで一度崩壊寸前までいくのが普通ですが、その後、盛り返せる集団と、へたへたとしぼんじゃう集団とがある。どこに違いがあるかといえばきわめて明快で、理想を語る集団は潰れる!これホント。省略するが実例には事欠かないっす。だから、ただもう「遊ぶ!」「遊び倒す!」「ぶっ倒れて死ぬまでずーっと遊ぶ!」集団でありたいと、これは本当に心からの決意を持っております。
そして、劇の中では(つまりお話では)これはまたふたつの要素に注目しておいた方がいいと思っていて、それは「喜劇」と「悪」とですね。5代か10代か分からんがだいぶ下った僕らの子孫はどこかで巨悪に立ち向かわねばならん。イヤ武器を取って、とかそういう限定イメージではなく、いくらなんでもこれでは生存できないのでは、という環境に立ち至るときも来るだろう。さてその時、僕らの芝居の後輩たちは、やおらどういう面白い作戦を立てて、時代の巨悪に立ち向かうのだろう。見たいもんだと思いますが、今の時点で前フリしておけることは、悪に対して「善」で立ち向かうのは一番おろかな方法(てか発想貧困)なのであり、悪ってのは作り上げるものではなく人の欲とかが自然とかもしだしちゃうものなんでひじょうに粘り越しもあるし微に入り細に入っているものなんで、なまなかな「善」なんかじゃとうてい太刀打ちできゃしないのだ。
悪に対抗するに有効なのは「笑い飛ばすこと」そして「自分も悪として立ち向かうこと」、この2点です。このことに迷いのないたとえば1千万人とかがいれば、最悪の事態は回避できるかと(最悪の事態ってたとえばホロコーストみたいなことですよ)。前者は今なお続く日本の侵略に対する沖縄の大衆の態度とかひじょうに有効さあ。自分たちが滅びないことを実感するのに笑顔をもってするというのはなかなかでけんことだ。後者に関してはあんまり有効な実例がない。だから僕が考える。「自分の中の悪を育て、使いこなすこと」・・・これも、あまり急ぎはしないけれども、まあ劇団メンバーもだいぶ青年期が射程に入ってきたし、ぼちぼちゆっくり、取り組んでいこうかと!
どうですかね。きわめて政治的な演劇行動をしとるんです僕は。 |
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2006年09月20日
18:22
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やっとる芝居は、アホアホですが(^^;
ちゃんちゃん。 |
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2006年09月24日
02:57
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ありがとうございました。
お疲れ様でしたm(_ _)m
お世話になりました。 |
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